挿話162 結婚式を行う末の王女デイジー

「これにて、儀式は全て終了です。デイジー様、お疲れ様でした。後は式とパーティを残すのみですので、楽しんでください」


 司祭様が導きの祭壇から離れ、部屋から出ていった。

 えっと、次はいよいよ式だけど……十分後だったかな?


「デイジー様、お疲れ様です。お召し物を着替えます。こちらへ」

「髪の毛をセット致しますので、少しこのままでお願い致します」

「少しだけ薄っすらとお化粧致します。お顔を動かさないようにお願い致します」


 侍女さんたちが慌ただしく準備をしてくれる。

 あと、少し……式が終われば、少し休憩があって、お披露目パーティだ。

 その後、初夜っていう行事があるはずなんだけど、何故かその内容は誰も教えてくれないし、何処にも記載されていない。

 これまでの浄めの間とか、建国王様のお墓参りとか、ついさっきまで行っていた導きの儀式は、全て厳密に振る舞いが定められていて、一言一句間違ってはいけないと言われていたのに。

 初夜について聞いておきたいけど……式までの時間が僅かしかないこの状況で、流石に話し掛けるのは憚られる。


「デイジー様、お時間でございます」


 そんな事を考えているうちに、司祭様が戻って来られた。


「……ドレス、完了致しました」

「……髪の毛も終わっております」

「……お化粧もバッチリです。デイジー様……行ってらっしゃいませ」


 頑張ってくれた侍女さんたち、それぞれにお礼を言い、司祭様へついて行く。

 王城にある神殿で式が行われるけれど、お父様は多忙の為出席されず、お兄様が私をエスコートする。


「デイジー……すまないな」

「お兄様? 何がでしょうか?」

「いや、僕たちにメリナ商会の要望を跳ねのけられる程の力があれば良かったのだが」


 ……お兄様が申し訳なさそうにされているのは、私が成人前にザガリー様と結婚する事になってしまったからでしょうか?

 その事については、私は全く気にしていないし、王女の婚姻はそういうものだと理解しているので、全く問題ありません。

 懸念があるとすれば……私の周りには常に侍女さんたちがいて、夜も眠りに就くまで誰かが傍に居てくれます。

 そのせいでしょうか。私は一人でいるのが苦手というか、怖くて……成人したら自然と平気になるのかもしれませんが、ザガリー様が私をお傍に置いてくださる方だと良いのですけど。


「それでは、デイジー王女様……お入りください」


 厳かな神殿の中へ、お兄様と共にゆっくりと進んで行く。

 お母様やお姉様が複雑な表情で私を見つめ、ザガリー様の……新郎側の御来賓の方々が、満面の笑みを浮かべている。

 絨毯を半分程進んだところには、大きな身体のザガリー様がニヤニヤと笑みを浮かべて……何でしょうか。ザガリー様の笑みが気持ち悪……何というか、舐め回すように身体を見られている気がします。

 何故か鳥肌が立ってしまいましたが、これもザガリー様の愛情表現なのでしょう。

 妻として、早く慣れるようにしたいと思います。


「デイジー……」

「お兄様、ありがとうございます」

「むふふ……やっと僕のモノになってくれるんだね」


 お兄様から離れた私の手を、ザガリー様が取ろうとして……反射的に後ずさってしまいました。

 ……いけません。この方は、私の夫……今日から私たちは夫婦なのですから。

 改めてザガリー様の手を取ろうとして……あれ? ザガリー様が居ない? いえ、私の身体が……浮かんでいる!?


「メリナ商会の元締め、ザガリーよ! 奴隷商人であるお前に、デイジー王女の手を取らせる訳にはいかない!」

「な、何者だっ! 騎士団は何をしているっ!」

「メリナ商会が騎士団の一部を買収している事も把握済みだ! 奴隷商人の事も、騎士団の事も、証拠は全て揃っている! 貴様には天に代わり、人誅を与える! 攫われたドワーフ族の怒りを受け、捌かれるが良い!」


 男性の声が響き渡ったかと思うと、突然ザガリー様が吹き飛び、新郎側の来賓者が次々に倒れていく。


「な、何が起こって……どうなっているんだ!?」

「我が名は怪盗レックス! デイジー王女はいただいた!」


 えっ!? えぇっ!? いつの間に仮面を付けた男性の腕の中にっ!?

 王女としての務めを……でも、この方に抱きかかえられていると、不思議とこのままで居たいと思ってしまう。

 この方のお傍に居たい……な。

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