挿話161 末の王女デイジー

 浄めの間の地下水で芯から冷え切った私の身体がローブで包まれる。


「デイジー様。お疲れ様でした。これにて、浄めの儀式は終わりです。次の建国王へのお参りまでは少しお時間がございますので、ゆっくりお身体を温めてください」


 そう言って、婚姻の儀式を統括する司祭様が浄めの間を出ていく。

 きっと凄くお忙しいのだろう。

 ただ、侍女さんたちが手際良く着替えさせてくれたので、僅かではあるけれど、休憩の時間が得られたのは助かる。

 朝から儀式の連続だったので、座って身体を休めていると、


「うぅ……デイジー様はまだ十歳だというのに、もう婿を取らなければならないなんて」


 幼い頃から仕えてくれている侍女さんの一人が呟き、皆が反応し始める。


「よしなよ。デイジー様が一番辛いんだよ?」

「けど、私はデイジー様のオムツを交換していたんだよ? 実の娘みたいに思っているのに、ハゲデブでロリコンのザガリー卿だなんて」

「いやまぁ気持ちはわかるけど……」


 これは……ちょっと良くないかも。


「ダメですわ。人の容姿を揶揄するなんて」

「あ……す、すみません」

「いえ、わかっていただければ良いのです。……ところで、ロリコンとはどういう意味でしょうか?」

「――っ!?」


 あれ? 何故か侍女さんたちが皆、しまった! という表情を浮かべている。

 何だろう。凄く気になる。


「で……デイジー様はご存知なくて良い庶民の言葉です」

「いえ、私は商人のお婿様を迎えるのです。言葉の意味が分からないというのは困りますので、是非教えてください」

「う……そ、その、歳が離れているという意味です」

「なるほど。それでは、確かにザガリー様はロリコンかもしれませんね」


 侍女たちは私に気を遣ってくれているのだろうけど、実際私とザガリー様は三十歳以上歳が離れている。

 実際、ザガリー様よりも、お母様の方が若いし。

 けど、王族の宿命だとわかってはいるけど、本当は年の近い方と結婚したかった。

 いつか、ザガリー様が先に亡くなり、私が独りぼっちになってしまうのがわかっているから。

 独りぼっちにならないように、沢山の子供……お父様のように、大勢の男の子と女の子に囲まれたいな。


「あっ! そうですわ! 子供……子供ってどうやったら、コウノトリさんが運んで来てくれるのですか? 何かお供え物とか、鳥さんの好きなご飯とかが必要なのでしょうか?」


 あれ? 何か変な事を言ってしまったのかな?

 侍女さんたちが、さっきよりも困った表情を浮かべている。

 あ……そうか。ここにいる侍女さんたちは、全員結婚していないんだ。

 それは、申し訳ない事を聞いてしまった。


「うぅ……いっそ、誰かが式を壊してくれないかしら。巷で噂の怪盗レックスとか」

「こらこら、滅多な事を言うんじゃないよ」

「けど、あまりにもデイジー様が不憫で……」


 また知らない言葉が出てきた。

 怪盗レックスとは何だろう。

 語学は優秀だと先生に褒められていたけど、まだまだ知識は足りないみたい。

 

「あの、怪盗レックスとは?」

「えっと……式の前にこんな事を言うのはどうかと思うのですが、ザガリー卿は大きな商会を運営されています。それ故に、商売敵が多いらしく、その商会を狙い、各支部を破壊している者が居るのです」

「まぁ! 悪い方なのですね」

「悪いのは悪いのですが、怪盗レックスは金品を一切盗らず、街の人たちを苦しめた素行の悪い者だけを成敗しているのです」


 いわゆる義賊という方でしょうか。

 そのような方に狙われるという事は、もしかしてザガリー様は悪い方なのでしょうか?


「噂によると、怪盗レックスは自分の妻や子供たちを馬車に乗せて、いろんな街を渡り歩いているらしいわね」

「子供が五十人くらいいるって聞いたけど」

「確か、奥さんも三十人くらいいるって噂よね?」


 お父様は妻が五人で、子供が十二人だから……凄い! お父様よりも子沢山!

 私もそれくらい多くの子供が欲しいな。

 怪盗レックス様が、式の前に私を攫って自由にしてくれれば……いえ、私はこの国の王女。務めはしっかり果たさないと。

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