第857話 怪盗レックス

 オティーリエが清めの間に向かった後、マリーナとミオから、大きな鎧に三人で入るという無茶な提案が出てきた。

 二人とも小柄とはいえ、無茶が過ぎると思うのだが……どうやら本気らしい。


「あ、そうだっ! 一つアレックス様にご提案があります」

「……フョークラが鎧に入るというのは流石に無謀だと思うのだが」

「くっ……それは非常に悔しいのですが、そうではなくてですね、仮面を着けませんか?」

「仮面?」

「はい。我々は今まで騎士団を相手にしてきました。これも結構アウトな気がしなくもないのですが、王族が相手となれば、いよいよ本気でマズいと思います」

「いや、流石に無関係な者は殴ったりしないぞ? ……この奴隷売買に王族も噛んでいるなら殴るが」


 俺は奴隷を解放するよにと、神……と思わしき方から命を受けたと思っている。

 パラディンの名にかけ、例え相手が王族だとしても許す事は出来ない。


「王族が黒なら仕方ありませんが、白だった場合、王族の結婚式をぶち壊すというのは、指名手配されても仕方がない気がするんです」

「それで、仮面を着けろと?」

「はい。アレックス様には黙っておりましたが、この王都の近くに来てからは、メリナ商会を潰した街で、怪盗レックスが犯人だという噂を流してきました。アレックス様は、ドワーフ族を助けたい訳で、名を知れ渡らせたいという訳ではありませんよね?」

「勿論だ」

「では、今から起こる事は、アレックス様ではなく、怪盗レックスがやった事です。という訳で、こちらをどうぞ」


 そう言って、フョークラが何処からともなく黒い仮面を取り出してきた。

 ……一体いつから準備していたのやら。


「しかし、ここで大暴れしているし、今更ではないか?」

「それも大丈夫です。ダークエルフ印の薬がありますからね。二日ほどの記憶を曖昧にさせ、素直に怪盗レックスの噂を信じさせますから」


 えーっと……何気にフョークラは凄いというか、恐ろしいというか。

 記憶が曖昧になるのは嫌だな。

 ……まぁ俺も昨晩の記憶は無いんだが。


「怪盗レックス……カッコイイ! キャー、レックス様ーっ!」

「いや、マリーナ。仮面を着けただけなんだな」

「ふむ。では、怪盗レックスのセリフも考えるのじゃ。こんなに面白……もとい、重大な事なのじゃ。怪盗レックスの正体がバレぬよう、しっかり……ププッ。あー、こほん。式まで時間もあるし、設定を練るのじゃ」


 マリーナは純粋に目を輝かせているが、ミオは笑いが我慢出来ていないじゃないか。

 だが、一つの国を敵に回し、俺が狙われるならともかく、一緒に行動しているミオたちが巻き込まれるのは困るので、フョークラの案に全力で乗る事にした。


「わ、我が名は怪盗アレックス! デイジー王女は俺が保護する!」

「まだまだ照れがあるのじゃ。あと、普通に名前を言ってしまっておるのじゃ。やり直し」

「怪盗アレックス……かっこいいー!」


 ミオから厳しい演技指導が入り、何かする度にマリーナに抱きつかれ、フョークラは妖しい薬を騎士たちに飲ませて回っている。

 そんな事をしている内に、結構な時間が経ったので、ここにいる一番身体の大きな騎士をフョークラが起こす。


「鎧を脱いで、ここなら絶対誰にも見つからない……っていう場所で、明日のお昼まで隠れていて」

「わかった」


 フョークラの言葉に従い、騎士が大きなフルプレートメイルを脱ぐと、何処かへ走り去っていった。

 ……やっぱりフョークラの薬って危な過ぎないか?

 内心そんな事を思いながら鎧を着込み……


「えへへー。怪盗レックス様だー!」


 狭い鎧の中で、マリーナが抱きつき、胸に頬ずりしてくる。

 ……いや、仮面を着けただけで、それ以外に変化はないのだが。


「うむ。これだけ広ければ十分なのじゃ」

「……って、これはミオか!? 鎧の中で何をしているんだよっ!」

「まだ時間はあるのじゃ。少しくらい良いではないか」


 ミオが見えない鎧の中で変な事をし始め、フョークラが羨ましそうにこっちを見ながら、姿を消した。

 いや、これで本当に大丈夫なのだろうか。

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