第188話 熊耳族の掟

「悪いが、女性相手に振るう拳は持ってないんだ」

「えぇっ!? 今、拳の勝負って言ったばかりッスよ!? それに、突きだけで天使族を全員墜落させたと言っていたッス! 是非、その突きを見せて欲しいッス」

「いや、俺からは言っていないからな? あと、突きは……こ、拳とは言ってないからな?」


 俺は一体何を言っているんだろう。

 仕方ないとはいえ……って、しまった!

 いくら俺が勝負を回避しようとしても、ビビアナが既に熊耳族の腕力をバカにされたと勘違いしていて、もう収拾がつかないのか。


「なら、その拳ではない突き勝負でも構わないッス! 身体能力において、熊耳族が人間より劣っているはずがないッス!」


 あぁぁ……やっぱり、そっちに話がいってしまった。

 ツバキが余計な事を言う前に、軌道修正しなければ。


「ふっ……アレックス様の一突きで、頭が真っ白になり、気を失う事になるだろう」

「わかった。ビビアナの言う通り、拳の突き勝負にしよう。ただし、お互いを殴るのではなく、別の何かを殴って、その威力を競うという事で頼む」

「ん? そちらの女性は、私が一撃で気絶すると言っているッスよ?」


 ツバキの言葉で中々話が進まないが、そんなやり取りをしながら、ホルスタインを運び、東エリアのノーラが建築中の小屋の側を通る。


「そうだ。では、ここにある丸太を殴って、どれだけ吹き飛ばせるか……で、どうッスか?」

「丸太は小屋造りで使うから……石の壁でどうだ?」

「え!? ……い、いいッスよ」

「じゃあ、先に俺から……よっと」


 前に分身が粉々にしていたので、少し弱めに……掌で押し出すようしてみると、石の壁が吹き飛んでいった。

 一先ず、壁に穴を開ける訳にいかないので、すぐに石の壁を生み出す。


「……さ、さっきの壁には、どういう細工をしていたッスか?」

「いや、何もしていないが?」

「そんなはず無いっす! だってこんなに大きな石の壁……くっ! だったら自分もやってやるッス! ……はぁっ!」


 ビビアナが石の壁を思いっきり押し……少しだけ動いたような気がしなくもない。


「やっぱり細工をしていたッス! さっきのは石に見せかけた木の壁だったッスね!?」

「いや、違うってば。なら、今ビビアナが押した壁を動かそうか?」

「そうするッス。こっちは、絶対に……ひぁっ!? ど、どうなっているッス!?」

「いや、押しただけだが」

「そんなはず無いッス! 何か仕掛けが……って、あの黒い獣は? ……ひぃっ! まさか、シャドウ・ウルフ!?」


 先程壁を吹き飛ばしたからか、シャドウ・ウルフが二体集まっていた。

 まぁ派手な音がしていたしな。

 新たに石の壁を吹き飛ばし、空いてしまっている壁の穴に目掛けて、シャドウ・ウルフが走ってきたので、


「≪ホーリー・クロス≫」


 サクッと倒し、再び石の壁を生み出す。


「……は?」

「さて、もう良いだろう。ホルスタインを運ぼう」

「……あの、さっきの黒いのって、何ッスか?」

「シャドウ・ウルフだが?」


 ビビアナの質問に答えてあげると、暫し何か考えたあと、


「えっと、アレックスさん。いえ、アレックス様に一つだけ技を掛けさせて欲しいッス。痛いと言ったら、すぐに止めるッス」

「それでビビアナが納得するなら……」

「では…… ≪ベアハッグ≫」


 何故か突然抱きつかれた。

 スノーウィの遣いが来たという事で、剣だけは挿していたものの、革鎧すら脱いでいるから、ビビアナの身体を遮る物がシャツしかなく、その温もりがダイレクトに伝わってくる。


「ズルいっ! ならば私もっ!」

「いや、これはグラップラーの技で……」

「あーっ! お兄ちゃんが知らない女の子と抱き合ってるー! じゃあ、ボクもーっ!」


 ツバキに続いて、近くにいたノーラも抱きついてきて、何処から現れたのか、サクラやミオまでもが、いつの間にか混ざっていた。


「違うッス! 抱き合ってるんじゃないッス! というか、痛くないッスか!? 普通の人間なら骨が折れてもおかしくないッスよ!?」

「あー、俺はパラディンで、防御に特化しているからな」

「防御に特化しているのに、壁を吹き飛ばすのは異常ッス! ……くっ、この勝負は自分の負けッス。……熊耳族の掟により、アレックス様の妻になるッス」

「……え? 待ってくれ。一体何を……」

「言った通りッス。熊耳族の女性は、勝負を挑んで負けた場合、相手の妻になる掟ッス。不束者ですが、どうぞ宜しくお願いするッス」


 いや、ちょっと待ってくれ。

 そんな一方的に言われても困るんだが。


「しまったぁぁぁっ! こんな事になるなんてっ!」

「むー。お兄ちゃんが、また女の子を増やしたー!」

「では、早速今からするのじゃ! 夫婦の営みなのじゃっ!」


 とりあえずミオを黙らせ、全員元の作業へ戻ってもらい、ようやくホルスタインを東北東エリアに連れて来る事が出来た。

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