挿話111 女戦士のヘレナ
「人間ども! 遅いっ! もっと早く漕げっ! まったく、ローランドめ! 使えん奴隷ばかり出してきおって!」
手漕ぎの船の一番後ろで、ヴォジャノーイが地団駄を踏んで居る。
誰のせいでこうなったと思っているんだよ! ……そう思いながらも、口に出来ないが。
というのも、第三魔族領で女奴隷をを管理しているヴォジャノーイが、手漕ぎの船で第四魔族領を目指すとか言い出したのが発端だ。
この時点でバカじゃねーの? と思ったのだが、屈強な男たちが二十人も居るので、意外にも船がスイスイ進んで行った。
ここまではまぁいい。いや良くは無いが、私は奴隷だからな。ある程度は仕方が無い。
だがこの状況で、「遅いっ! もっと急げっ! レヴィアタンを救うのだっ!」と言って、ガタイの良い男奴隷二人を殺しやがったんだ。
手漕ぎの船なのに、その漕ぎ手を殺すバカが何処にいるんだよっ!
いや、ここに居るんだけどさっ!
そんな事を何度か繰り返し、二十人居た男奴隷が八人に。十人居た女奴隷が四人にまで減ったのが今の状況だ。
当然ながら、船の速度は出航時に比べて物凄く遅いし、海の上で人員の補充なんて出来る訳もない。
何とかしないと、このバカが何をしでかすか分からないと思っていたら、
「……そうか。ムチばかりだったが、人間族にはアメも必要か」
突然変な事を呟きだした。
どうせロクな事を言わないのだろうと思いながら、船を漕いでいると、ヴォジャノーイがクソみたいな事を口走る。
「お前たちに褒美をやろう! 子孫を残す機会をくれてやる!」
……は?
いやいや、こいつ本気でバカだな!
出航してすぐの頃なら、男たちへの褒美になっただろうさ。
何なら、私だって少し嬉しい。幾らなんでも、未経験で死にたくは無いしな。
だが、出航から何日経っていると思って居るんだ!?
まともな食べ物はなく、休憩時間も殆どなし。寝る時も、この船を漕ぐ場所で座ったまま寝る……全員疲労困憊だっての!
「どうした! 人間族の女よ。早く卵を産むが良い」
あ、本当のバカだった。人間は卵なんて生まねーよっ!
というか、そもそも水魔法か風魔法を使える奴を一人連れて来るだけで、もっと楽に早く着くんだよ!
奴隷紋で魔法を封じられているだけで、奴隷の中にもそれらの魔法が使える奴が居るはずなのに。
とりあえず、休憩時間が与えられたのだと判断し、皆その場で眠りに就く。
「ふむ……人間族の女は、こうやって産卵するのか」
だから、産卵なんてしねーよっ!
そう思いながら眠りに就き……暫くすると、アメを与えたのだから、しっかり漕げと、ヴォジャノーイがまた一人殺した。しかも男を。
だから、手漕ぎの船だっての!
畜生……こんなバカに殺されてたまるか! 私は絶対に生き残ってやる!
気合で船を漕いでいると、
「お、おいっ! 陸だっ! 陸が見えたぞっ!」
先頭から歓喜の声が聞こえて来た。
一番後ろに座る私も顔を向けてみると……港町だろうか。船が沢山並んでいる場所が見える。
「なるほど……よし、進路を少し右に向けろ。向こうの船が無い浜辺に向かうのだ」
ようやく陸に上がって休める! というか休みたい!
皆で一心不乱に船を漕ぐ速度を上げ、暫く経ったところで……ヴォジャノーイが呟く。
「よし。ここまで来れば十分だろう。こいつらも、もう用済みだな」
その直後、船の先端が爆発した。
クソがっ! あのバカ……最初から私たちを全員殺す気かよっ!
ヴォジャノーイは巨大なカエルに姿を変え、海を泳いで行く。
一番後ろに――ヴォジャノーイの近くに居たのが幸いしたのか、海に落ちてからも海面に上がり、大きな板にしがみ付く事が出来た。
「おい、誰かっ! 皆……あのカエル野郎がぁぁぁっ!」
誰からも声が返ってこないが、私は死ぬわけにはいかない。
絶対に生きる! 生きまくってやるっ! 私はまだ十七年しか生きてないんだっ!
板の上に登ると、手で水をかいて……いや、波で勝手に砂浜へ向かって居るな。
板の進行方向……ヴォジャノーイが泳ぐ先を見てみると、やたらとデカい屋敷がある。
「あのバカ、泳ぐのメチャクチャ速いじゃねーかっ!」
ヴォジャノーイが早くも浜辺に上がり、高い塀を見上げて……ジャンプした!
おそらく、この辺りの土地に詳しい人間を奴隷にするつもりだろうから、住人は何とか逃げて欲しいのだが……
「えっ!? 塀の向こうから黒くて大きな犬が現れ……ヴォジャノーイが吹き飛ばされた!?」
ペチンって感じで、いとも簡単にヴォジャノーイが吹っ飛んだけど……ていうか、あれって災厄級と言われるシャドウ・ウルフじゃないよな?
いやいや、シャドウ・ウルフが番犬みたいな事をしている訳が無いし……あ、ヴォジャノーイが塵みたいに消えていく。
遠目で見ているだけだが、一撃でヴォジャノーイを倒すなんて、シャドウ・ウルフ怖えぇぇっ!
「……ん? 塀の上に座るシャドウ・ウルフへ、天から白い光が注がれていている?」
何だろう? あの光は、何だか神々しい気もするんだけど。
「えっ!? シャドウ・ウルフが黒髪の女の子になった!? ……いや、見間違いか」
ここまでずっと船を漕いできて、疲れて居るのだろう。
変な光景が見え……暫くして私もあの塀の近くに流れ着いたんだけど、シャドウ・ウルフは出てこないよね?
「誰かー! シャドウ・ウルフじゃなくて、人間は居ませんかーっ!?」
誰か私を助けてーっ!
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