第729話 ディアナの父

「おい、アレックスという人間よ! ディアナを離したくないというのは、誘拐だ!」

「違うもん! ウチがにーにと一緒に居たいんだもん! もうウチは大人だし、問題ないもん!」


 ディアナと父親が言い合いになってしまったが、流石にこの父親の許にディアナを帰す訳にはいかない。

 父親が俺に向かって今にも飛び掛かろうといった感じだが、無茶苦茶な奴でも相手はディアナの父親だ。

 ディアナの目の前で殴る訳にもいかない。

 という訳で、


「ディアナを……よこせっ! ……げへっ!」


 飛び掛かって来たタイミングでディアナを小脇に抱えて、身をかわす。

 うん。俺は避けただけで、手は出しておらず、父親が勝手に転んだだけだ。

 しかし、仮にも自分の娘に「よこせ」……という言い方は無いんじゃないか?


「チッ! ちょろまかと……逃げる事しか出来ないのか? まぁそうだよな。所詮は人間族。獣人族の身体能力に勝てる訳がないからな」

「安い挑発だが……止めておいた方が良い。今の動きで分かった。お前では俺に勝てない」

「はっ! 偶然避けられただけだろうがっ! 何を偉そうにっ!」


 起き上がった再び父親が飛び掛かってくる。

 今度はさっきと違って、飛び蹴りだが……当然結果は同じだ。

 そして、何度か同じ事が繰り返される。

 ……一発殴った方が早いだろうか。

 いやいや、流石にディアナの前でする事ではないか。

 とはいえ、この茶番がいつまでも終わらないのは辛いな。


「パパっ! もうやめてっ!」

「ディアナが村へ帰ってくるなら、その男を攻撃するのを止めてやろう」

「パパ。にーには、竜人族を倒したり、お嫁さんの中に竜人族が居たりするような人だよ? 勝てる訳ないよ」

「何をバカな事を。ただの人間が竜人族を倒したり、嫁に……って、待った。お嫁さんの中に……って、複数人妻が居るのか?」

「にーには、綺麗な奥さんが沢山居るよー! それに、ウチも奥さんの一人にしてもらったもん!」


 ディアナを妻に……いやまぁ、不可抗力とはいえ、そういう事をしてしまったので、その通りなのだが。


「そういう訳だ。悪いがディアナは帰せない」

「な……何だと!? ま、まさかもう子作りも……」

「子作りっていうのは分からないけど、天使族のユーリちゃんから、お腹の中に新しい命が……っていうのは聞いたよー」


 えぇっ!? そ、そうなのかっ!?

 流石に早過ぎないかっ!? ユーリが眠っているので真相は確認出来ないが……って、だったら馬車で何度もバウンドさせるなんて、もっての外じゃないか!


「そ……そんなっ! ディアナが子供を産める年齢になったら、豹耳族の繁殖の為に使おうと……一体、何の為に俺はディアナを拾って育ててやったと思っているんだ!」

「……ん? おい! ちょっと待て! 今のは……」

「あ? あぁ、ディアナは俺の実の娘じゃねーよ。だが豹耳族の、黒豹種は特に数が少ない。昔、捨てられていたディアナを拾って、孕み袋として……ごはぁーっ!」


 ディアナに聞かせられない事を喋り出したので、思いっきり蹴り飛ばしておいた。

 獣人族は身体能力が優れているそうだから、死んではいないだろう。


「ディアナ……」

「にーに。パパが何を言っているのかよく分からなかったけど……パパはウチの本当のパパじゃなかったのかな?」

「……それは俺にもわからない。だけど、さっきディアナが言った通り、もうディアナは大人だし、俺の傍に居てくれると嬉しい」

「うんっ! ウチはずーっとにーにの傍に居るよっ! だから、あの気持ち良い事を沢山してね!」

「……一つ確認したいんだが、ユーリがディアナの中に新しい命が居るって言ったのか?」

「えっ!? ……えへへ。新しい命が芽生えるといいねーって言ってくれたの」


 あ、そういう事か。

 まぁその、ウソは言ってない……のか?


「でもねー。今、馬車に居る人のお腹の中に、新しい命がいるとは言っていたよー!」

「えぇっ!? じゃあ、やっぱりあの馬車の走り方はダメじゃないか!」

「えっと、ユーリちゃん曰く、強い種族だから大丈夫だって。たぶん、ダメだったらユーリちゃんが止めてたと思うよー!」


 そ、それもそうか。

 ひとまずディアナの父親……育ての親は無視して、馬車へ戻る事に。

 ここからは、急ぎつつも出来るだけ衝撃を与えないように進まなければ。

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