第822話 懲りないブレア
「クケケ……ターナはこっちだ。着いて来るのだ」
ブレアが馬に乗り、ゆっくりと歩かせ、その横を俺が馬車を引いて軽めに走っていく。
俺としては、もう少し速度を上げても良いのだが……とブレアに目を向けていると、
「クケッ!? あ、アンタが馬車を引くのか!?」
「あぁ。諸事情でな」
諸事情というか、馬を買おうとは思ったのだが、西大陸では買えなかっただけなのだが。
しかし、今となってはこれで良いと思っている。
グレイスの空間収納は生物を入れる事が出来ないらしいから、ダンジョンなどの馬車を使わない場所で困る事になるからな。
「……ケェェェッ! そういう事か! なるほど。ならば私も!」
突然ブレアが叫びだし、俺の横に並んで馬車を引き始めた。
……急に主人が飛び降りたからか、ブレアの馬が困惑したようにこっちを見ているんだが。
「えっと……どういう事なんだ!?」
「クックック……アンタの考えは読めた! これ程の馬車を所有し、全員肌艶も良好……というか、むしろビックリするくらいのツヤツヤ感だ。清潔感も感じられるし、金がないという訳ではない。それなのに馬を買わずに自ら馬車を引く理由……それ即ち、移動すら悪を倒す為の鍛錬にしているからだ! 故に私も、鍛錬を行うのだっ!」
……うん。ブレアは思い込みが激しいようだし、何を言っても無駄な気がする。
悪い事をしている訳ではないし、好きにさせようか。
「なるほど。アレックス殿は、そうして移動中も鍛錬を行っていたのだな。ならば、私も己の身体を鍛えよう」
「モニカも馬車を引くのか?」
「うむ。そちらの騎士殿は良くて、私がダメだとは言わぬよな?」
いや、そんな事は言わないが……馬車を引いて歩いているだけで、鍛錬になるのだろうか?
体力はつくかもしれないが、それよりも移動中はしっかり休み、後で剣技や魔法の訓練をした方が良いと思うのだが。
「クックック……アレックスはともかく、アンタみたいな無駄に脂肪を溜め込んだ女に、この馬車が引けるのか?」
「ふっ……笑止! 私は剣と魔法を扱う攻撃のエキスパート、マジックナイトだ。腕力に胸の大きさは関係ない」
「クケッ! ならば、同じ剣と魔法を使う攻撃型のジョブを授かった者同士、勝負だ! 私が勝ったら、聖水を作ってもらう!」
……って、おい。
さっきブレアに、モニカへ聖水生成を強要するなと言ったばかりだよな?
「良かろう。だが、私が勝ったらどうするのだ? 私が勝つのだから、はっきり宣言してもらおうか」
「クックック……では、私が負けたらアンタの奴隷になろうではないか。私を好きにするがいい」
「……ブレア。例え、自分の事であろうと、人を奴隷にするなどと言うな。俺はこの世界から奴隷にされてしまっている者を解放しようとしているんだ。……わかったな?」
流石に言葉が過ぎるので、少し頭にきてしまったが、極力怒気を抑えて話したつもりなのに、何故かブレアが俺を見ながら怯えだす。
「わ、私は悪を倒さなければならないというのに、何という事を。かくなる上は腹を……」
「いや、そこまでしなくて良いから」
ブレアが腰の剣に手を伸ばしたので、抜けないように押さえつける。
「クッ……何という腕力! だが、私には奥の手がある!」
「わかった。だが、その奥の手は、悪を倒す時に取っておいてくれ。きっと、ブレアの正義の力を必要とする時が来るはずだ」
「クケッ!? ……せ、正義の力! そうだ! 私は悪を討つクルセイダー! 正義を守るパラディンは最高のバディ! アレックスよ! 共に巨悪を叩き潰そうではないかっ!」
いや、だから最初からそう言っているし、今正に叩き潰しに行こうとしているのだが。
とはいえ、ブレアが正義という言葉に反応するのは分かった。
また何かブレアがやらかしそうになったら、正義に反するなと声を掛けてあげれば良い気がする。
「んー。あの人、アレックスに沢山遊んでもらってるー! マリもアレックスと遊びたいのー!」
「まぁ待つのだ。今はアレックスが人攫いを潰そうと真剣になっておるのじゃ。しっかりタイミングを見極めて行くのじゃ。チャンスは必ずあるのじゃ」
「うぅ、アレックス様。せっかくの移動なのに、分身を使ってくださらないなんて……」
後ろで、マリーナとミオとフョークラが何か話しているようだが……馬車を引きながらブレアにこれまでの経緯を話していると、街が見えてきた。
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