第723話 馬

 別行動をしていたミオ、グレイス、モニカと合流したので、馬車に乗ってもらって街の南西へ向かう。


「お母さん。お父さんって凄いんだねー! ツェツィたちが乗っているのに、手で馬車を引いてぐんぐん進んでくよー! お馬さんみたーい!」

「そうね。お父さんのはお馬さんみたいに凄いわね。……いえ、巨人族くらいかも。見た事ないけど」


 誰か……無邪気に喜んでいるツェツィの隣で、絶妙にニュアンスの違う事を言っているナターリエを静かにさせる事は出来ないだろうか。

 ナターリエは今更もうどうこう出来ないと思うので、ツェツィは今のまま無垢に育って欲しいんだ。

 とはいえ、竜人族のナターリエをどうにか出来るのは、同じ竜人族のヴァレーリエくらいだが。


「わかるんよ。アレックスなら、もしかしたらドラゴンの姿でも大丈夫かもしれないと思うんよ」

「今の私は、もう試す事が出来ませんが、出来てしまいそうですよね。ただ、流石に無茶ではありますが……あっ! でもツェツィなら……」

「……ナターリエ。いくらなんでも、それはウチも止めるんよ」

「じょ、冗談ですよー。ただ、早く数を増やしたいじゃないですかー」

「あー……じゃあ、仕方ないんよ」


 いや、仕方なくないから!

 ヴァレーリエが止めに入ってくれたと思ったのも束の間で、結局ナターリエとドラゴンの繁殖作戦を練り始めた。


「ウチがアレックスやカスミみたいに分身スキルが使えれば良かったのに」

「あのスキルは凄いですよねー! 私も欲しいです。あ、でも、あのスキルは感覚が繋がっているという話なので、アレックスさんのアレが二倍とか三倍になったら……そ、想像しただけで気絶しそうになってしまいました」

「ちなみに、ウチらの仲間には、分身スキルを使う人間族の女性がいるんよ。前に、五人くらいになっていた気がするけど、アレックスのアレを同時に五倍……カスミに弟子入りしようかな」


 あの、怖くて後ろが振り向けないんだが、そんな話をツェツィに聞かせていないよな?

 そんな事を思っていると、繁殖作戦会議にミオやシアーシャ、ザシャまでもが混ざり始める。

 聞こえない振りをして街の南西に向かっていると、馬車の店主が言っていた通り、牧場があった。

 広い柵の中で、数匹の牛や仔馬がのんびりと草を食べている。


「グレイス。馬を購入しようと思うんだ。一緒に来て欲しい」

「ご主人様。私もご一緒して宜しいでしょうか」

「モニカ? あぁ、もちろん構わないぞ」


 馬車を駐めると、グレイスとモニカを連れて牧場の入り口にある建物へ。

 建物の中に犬耳の女性が居たので、まずは目的を伝えてみる。


「失礼する。俺はアレックスという旅の者なのだが、馬車を引ける馬が欲しいんだ」

「馬……ですか。ちょっとタイミングが悪いですね」

「というと?」

「今は馬車を引けるような大きな馬が居ないんです。外にいる仔馬が育っていれば良かったのですが、今はその仔馬と親馬しか居ないんです」

「そうか。最低でも二頭、出来れば四頭立てで……言われているので、仔馬に馬車を引かせるというのは無理だろうな」


 仔馬がまだ小さいのに、その親馬をくれとは流石に言えないし、俺が引くという手も使えるので、無理に馬を探さなくても良いだろう。

 またどこかの街で買えるかもしれないしな。

 そう思って引き上げようとしたのだが、そこへモニカが食い下がる。


「失礼。売れる馬は居ないが、親馬は居る……その認識で良いだろうか」

「は、はい。その通りですが、親馬が居ないと、仔馬たちが可哀想ですし、お売りする事は……」

「いや、私は別件で少し馬を見せてもらいたいのだ。見学だけ構わないだろうか」

「はい。見学は問題ありませんよ」


 一体モニカは何の用事があるのだろうか。

 一人で大丈夫なので……と、俺とグレイスを残して、犬耳の女性と奥へ行ってしまった。

 仕方がないのでグレイスと雑談しながら待っていると、モニカがニコニコと笑みを浮かべながら、割とすぐに戻ってきた。


「モニカ。いったい何をしていたんだ?」

「馬を見てきただけですよ?」


 即答で答えられてしまったが、モニカは何のために馬を見ていたんだ?

 そんな疑問を抱きつつも、皆でそのまま馬車へ。

 来た時と同じように、皆が馬車に乗り、俺が馬車を引いて歩き出すと、モニカが大きな声をあげる。


「皆の者っ! 実際の種馬を確認して来たが、馬よりもご主人様のアレの方が大きかったのだ!」

「ふっ、当然なんよ。ウチのアレックスが馬如きに負ける訳がないんよ」

「うふふ。早く妹を作ってあげなきゃ」


 いや、モニカは何を確認しに行ったんだよ!

 あと、背中に視線が集まり過ぎだっ!

 ひとまず聞こえないふりをして、南へ向かう事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る