第833話 太陰の力

「あ、アレックス様。メチャクチャ早いですね。もう攫われた女性を助け出してくださったんですね。てっきり今日の探索は終了で、約束のアレだと思っていたんですが」

「いや、目的の街へ行く前に何人か救助したので連れてきたんだ。またすぐに戻るつもりだが」

「えぇっ!? じゃあ約束のご褒美はっ!?」


 すまん。約束のご褒美って何の話なんだ!?

 とはいえ、兵士たちが気まずそうに下着を腕で隠しながら、助けたドワーフの女性たちを船の中へ案内する。


「皆さん。ひとまずこちらへ」

「やったー! 家に帰れるーっ! ……けど、アレックス様のはもっと欲しいなぁ」

「えっ!? アレックス様のを賜ったんですかっ!? ズルい! 私たちも欲しいですっ!」


 下着姿の兵士たち……というか、ドワーフの女性全員が足を止め、ジッと俺を見つめてくる。

 いや、どういう事だよ。

 視線を感じて振り向くと、モニカとブレアがジト目で、フョークラやミオが期待に目を輝かせていた。

 だが、そのフョークラとミオの表情が突然強張る。


「アレックス様! 船の上に何かが居ますっ!」

「……そこじゃっ! 船に乗り降りするための板を降りてすぐのところなのじゃっ!」


 フョークラとミオが叫ぶが、そこには何もないし、何の気配も感じられない。

 だが、この二人が意味もなく変な事を言わないだろう。

 盾を構えてタックルしてみたが……何の手応えもない。


「アレックス様! 斜め右です! 距離を取ろうとしているみたいで、船の一番端に居ます!」

「≪隔離≫……ドワーフたちは任せるのじゃ」


 二人には明確に何かが見えているようだが、依然として俺には何も見えないし、感じない。

 モニカやドワーフの兵士たちも困惑しているようだが……先ほどフョークラが示した場所に、突然赤い炎の弾が現れる。

 あの炎が、フョークラたちが言っていた存在の正体なのか? ……と思ったら、その炎が弾丸のように飛んで来た。


「よっ! ……ミオ。この炎の弾って斬って良かったのか?」

「もちろんなのじゃ。敵意をもって放たれた攻撃魔法なのじゃ」

「あ、今のはただの攻撃魔法か」

「うむ。船にいる見えない者は、おそらく普通の魔法使いなのじゃ。魔力も大した事がない。じゃが……気配を完全に隠蔽しておる。これは、太陰の力なのじゃ」


 太陰……前にミオや天空が言っていた者か。

 ここまで完璧に気配や殺気を消せるというのはやっかいだな。


「ねーねー。今は、気配や姿が見えないけど、そこに居るっていう相手と戦っているんだよねー?」

「その通りなのじゃ」

「じゃあ、その辺一帯を消滅させちゃえば良いんじゃないかなー? アレックスやミオちゃんなら出来るよねー?」

「むっ!? アレックスは出来るが、我はただの可愛い童女なのじゃ。そんな事は出来る……が、出来ぬのじゃ」


 マリーナが周囲を消滅……と無茶苦茶な事を言っているが、当然俺にそんな力はない。

 せいぜい、その辺の岩を砕いて広範囲に吹き飛ばす程度だ。

 それはそれで範囲攻撃になるだろうが、この船を巻き添えにする訳にはいかないからな。


「マリーナ。周囲を消滅させるなんて事が出来るのは、レヴィアくらいじゃないか?」

「えー? じゃあ、フョーちゃんが周囲に毒を撒くとかー?」

「えっ!? 私ですか? まぁ出来ますけど……薬が風に乗って、周囲の村とかも滅ぼしかねないから、止めといた方が良いかも」


 いやあの、何気にフョークラは恐ろしい事を言っているんだが。

 流石に使う気はないようだが、村を滅ぼす毒なんてものがあるのか!?


「んー、アレックスも、ミオちゃんもダメなら……マリーがするねー! えーい!」


 何をするのかと思ったら、マリーナが周囲一帯へ一気に髪の毛……というか、触手を伸ばす。

 一面がマリーナの触手で青色に染まる中、一ヶ所だけ触手が変に膨らんでいる場所がある。


「アレックスー、あそこだよー!」


 そう言って、何かをグルグル巻きにした触手を覗いて、マリーナの髪が元に戻った。

 未だに姿は見えないが、そこに人が居るのは間違いないようだ。


「お前は何者だ」


 尋問するために、見えない人物に近付くと、


「はっはっは! のこのこと近付いたバカめ! これでも喰らえ……うぐぁぁぁっ! 手がっ! 手が折れたっ!」


 何かが俺に触れたのか? と思った直後、知らない男性の悲鳴があがった。

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