第540話 ラヴィニアの過去

「人魚族の文字!? 何て書いてあるんだ?」

「はい。『アマンダ』って書いてますね」

「アマンダ? ……人名か? それとも、何か別の意味があるのか?」


 普通に考えたら、女性の名前だと思うのだが、どうして壁に名前が彫られていたんだ?

 アマンダ……あまんだ。尼んだ……尼のだ!

 いや、何がだよ。

 脳内に浮かんだ発想を、これは無いなと、頭を振って掻き消す。


「あ! もしかしたら、さっきの文字を文字と認識していないだけで、いろんなところにあったのかもしれないな」

「それは確かに、あるかもー。特に、前半に入っていた部屋なんて、そんな文字を一切意識していなかったもんねー」

「じゃあ、次はラヴィニアを連れて、さっきの洞窟へ行くか」


 少し大変ではあるが、プルムが居てくれれば、ラヴィニアを同行させる事は可能だろう。

 それに、海に接した洞窟で、玄武の社があるかもしれないと思って入ったが、人魚族に関する何か……という可能性だってある。

 というか、むしろ今はそっちの可能性が高い。

 ラヴィニアに直接見てもらい、玄武に関する情報が何か見つかれば良いのだが。


「んー、また同じとろこへ行くのー? 魔物や罠もなかったしー、アレックスはイイ事してくれないしー、レヴィアたんは船で待っていてもいいー?」

「あー、そうだな。また同じところを調べるし、一切危険がなかったからな。レヴィアはここで待っていようか」

「ふむ。同じ洞窟へ再び行くだけだというのであれば、さして面白く無さそうなのじゃ。我も、ここでひと眠りするのじゃ」


 という訳で、レヴィアに代わってラヴィニアが洞窟探索メンバーに入り、早速洞窟へ。

 とりあえず、危険性がかなり低い洞窟なので、俺がラヴィニアを抱きかかえながら、通路を進んで行く。

 暫く歩くと……何やらラヴィニアの様子がおかしい事に気付いた。


「ラヴィニア? どうしたんだ? 震えているようだが」

「え? お、おかしいわね。どうしてでしょうか? ……もしかして、あなたに抱きしめられているから、昨晩の事を思い出して、身体が反応しちゃったのかも」

「昨日は……いや、昨日もか。皆激し……げふんげふん。何でもない」


 ラヴィニアと話していて、すぐ傍にユーリが居る事を思い出して口を噤む。

 だが、洞窟の中を進めば進む程、ラヴィニアの震えが激しくなる。


「ラヴィニア。無理はするな。体調が優れないなら止めておこう」

「ち、違うの。何かを思い出しそうで……あなた、お願い。私をこの先へ連れて行って」

「しかし……」

「大丈夫だから。それに、この場所は私にとって凄く大切な場所な気がするの」


 俺の腕の中に居るラヴィニアが、無理矢理笑みを浮かべ、懇願してくる。

 ラヴィニアの事を考えると、戻った方が良いのかもしれない。

 だが、戻ろうとするとラヴィニアから進んで欲しいと言われ……ひとまず、最初の大きな空間に到着した。


「ここは……やっぱり! あなた……私、思い出したわっ!」

「思い出したって?」

「私の過去……どうして、他の人魚族の近くに居ないで、私が一人で湖に居たのかを」


 そういえば、ラヴィニアはリザードマンたちの湖で、突然俺の妻だと言って行動を共にするようになったんだ。

 そこから強引に俺が襲われ……責任を取る事にしたんだよな。


「まず、ここは私が幼い頃に住んで居た家なの」

「なるほど。人魚族の棲家だったのか」

「えぇ。こっちに通路が沢山あるけど、これは上にそれぞれの家名が書いてあって、ここ……これが私の家だったの」


 ラヴィニアが指し示す先には、確かに模様……というか、洞窟の外でラヴィニアに見せた人魚族の文字みたいな物が彫られていた。

 その中へ入っていくと、ラヴィニア曰く、アマンダと書かれていた壁がある。


「これは……お母さんが私の身長を刻んでくれたの」

「そうなのか。……ん? でも、アマンダと書いてあったのだろう?」

「えぇ。私の本当の名前はアマンダなの。昔、ここは半分海中だったんだけど、突然大陸が海から離れてしまい、一族全員で引っ越す事になったのよ」


 ラーヴァ・ゴーレムや村の村長が言っていた事と同じだな。

 という事は、ラヴィニアはその頃から生きて……まぁ人魚族だし、天使族やエルフなどと同じで、寿命が違うのか。


「しかし、どうしてアマンダという名前なのに、ラヴィニアという名前になっているんだ?」

「それは、その引っ越しの途中で、私が魔族に攫われてしまったから。確か、その魔族は海に棲む、リヴァイア……ううん。レヴィ……」


 ラヴィニアが何かを言いかけ、突然表情が固まる。


「ラヴィニア!? 大丈夫か!? ラヴィニアっ!」


 ラヴィニアが何も話さなくなってしまったので、一旦外へ出る事にした。

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