第600話 降伏宣言

 魔族の少女が怯えてしゃがみ込んでしまったので、どうしたものかと考える。

 今まで遭遇した魔族たちは、俺や仲間の命を狙って来たので、戦闘となった。

 だが、こうして最初から無抵抗のポーズを取られてしまうと、どうにもやり辛い。

 魔族を倒すと、女神様がエクストラスキルを授けてくださる事からも、本来であればこの魔族の少女は倒すべきなのだろうが……どうしたものだろうか。

 ひとまず、一番怒っているランランに相談しようかと思ったところで、


「わ、私はザシャと申します! ど、奴隷になり、何でも致しますので、どうか命だけは……」


 ザシャと名乗る魔族の少女が、降伏しながら地面に頭を擦り付け始めた。


「……今まで人間を殺した事は?」

「こういう言い方は卑怯かもしれませんが……わ、私はありませんっ! そもそも、まだ生まれて千と八百年しか経っていない下っ端ですので。実戦経験すらありません!」

「だが、玄武や青龍たちが魔王に戦いを挑んだのだろう?」

「はい! その間、私は兄に隠れておけと言われ、ずっと家に居たんです」

「そ、そうか」


 そう考えると、ザシャ自体は別に何も悪い事はしていないの……か?

 とはいえ、兄だと言っていた双剣使いのニファーツは好戦的だったし、ザシャ自身は人を殺めていなくても……いや、でもなぁ。


「すまん、ランラン。こう言っているが、どうだろうか。俺は今、判断しかねているんだが」

「……ランラン自身が、このザシャに何かされた訳ではないのは、本当。あと、ウソは言って無さそう。だから、どうするかはアレックスに委ねる」


 ふむ。一応、後ろに居る女性陣を見渡すと、全員が俺に任せるといった目を向けていた。

 最も魔族からの被害が大きいランランがこう言うのであれば……


「わかった。では、ザシャの身柄は聖騎士パラディンである俺が預かる。少しでも俺や、俺の仲間たち、それに無関係な人たちに危害を加えようとしたら、敵対行為と見做して全力で排除する」

「わ、わかりましたっ! ありがとうございますっ!」

「あと俺の国では、奴隷は禁止している。なので、ザシャも奴隷ではなく……捕虜という扱いだ」

「えっと、捕虜って……捕虜?」


 いや、改めて聞かれると俺も困るんだが、いくら相手が魔族といっても、奴隷という呼び方は嫌なんだよ。


「アレックス。ランランの力で、ザシャを弱体化させておこうか」

「そうだな。傷付けたりする訳ではなく、あくまで危険性を減らすという方向性で、良い感じに出来そうか?」

「じゃあねー……ランランのデバフの中で一番凄いのにしよー! ジョブ封印!」


 って、それは俺が風の四天王ギルベルトに使われた能力なんだが。

 いろいろ言っていたけど、玄武の最大限の力を使って、俺を弱体化させていたのか。

 そんな事を考えているうちに、玄武のデバフ効果が発動したようで、蒼い光がザシャを覆う。


「ふぇぇぇ……な、何っ!? ザシャの闇の力が……力が出ないっ!? そ、それに、殿方の前でこんな格好……」

「今更だが、魔族もジョブを授かっているのか。ちなみに、ザシャは何のジョブを授かっていたんだ?」

「え? ザシャはその……士」

「何だ?」


 ランランの力でジョブを奪われてから、ザシャの態度がおかしい気がする。

 声が小さくなったのと、何となく恥ずかしそうに腕で胸を隠していないか?

 言っておくが、ザシャは最初から胸を大きく強調したモニカみたいな服とホットパンツで、俺が何かした訳ではないからな?


「……騎士」

「ザシャ。聞こえないのだが」

「暗黒姫騎士ですーっ!」

「ふむ。暗黒騎士か……ん? 姫騎士!?」

「だ、ダーク・プリンセスとも言いますが、どっちも恥ずかしいので、ジョブ名はあまり言わないでいただけると……」


 恥ずかしいか?

 俺だって、聖騎士でありパラディンなのだが……そういえば、俺もパラディンのジョブを封じられた時は、身体が軽くなったりしたな。

 ザシャもジョブが封じられた事で、何かしらの変化が……まさか恥ずかしがり屋になったとか!?


「……こほん。ジョブ名にプリンセスとあるが、まさか魔族の姫とかなのか?」

「違いますっ! だから、余計に恥ずかしいんですっ! お願いですから、プリンセスとか言わないで……」


 そう言って、ザシャが俯きながら左腕で自身の胸を隠し、右手で俺のシャツを摘まむ。

 えーっと、とりあえず服従の態度を示している……という事なのか?

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