挿話86 焦る冒険者ギルド職員タバサ
「はぁー、まったく……」
「あれ? タバサ先輩。どーしたんですか?」
「あー、コレット。見てよ、これ。魔族領へ出張に行っているティナの日誌」
理解出来ない意味不明な事ばかり書いてある日誌に、トレーナーとしてのコメントを記載した後、偶然コレットが通りかかったので見せてみる。
「ふーん。エルフにマジック・エンジニアかぁー。夢が広がりますね」
「いやいや、業務日誌に妄想を書かれても困るんだけど」
「でも、仮にこれが本当だったら凄くないですか?」
「それはあり得ないでしょ。エルフや獣人なんて、話は聞いた事があるけど、どれも眉唾物でしょ」
「だけど、魔族領ですしねー。何があってもおかしくないというか……それに、あのティナは、獣人なんて知らないと思うんですけどねー」
魔族領だから何があってもおかしくない……まぁそう言われてしまうとそうなんだけどさ。
アレックスさんが言っていた、神のスキルを信じろっていうのもねー。
とりあえず、次の日誌を待ちますか。
「まぁそうね。何だったら、一緒に行ったステラさんから話を聞いても良いしね。プリースト――聖職者だから、変な事は言わないだろうし」
「あ、結局ステラさんも魔族領へ行ったんですね。ステラさんのパーティメンバー……グレイスさんとかでしたっけ? も一緒に行ったんですか?」
「他のメンバーまで行ったら、ギルドから送る食料が更に増えちゃうから、今回はティナとステラさんだけよ。あのパーティは、ステラさんが抜ける代わりに、ソロで活動しているアコライトのイライザさんに入ってもらったわ」
「えっ!? ソロのアコライトでイライザ……って、あのイライザさんですか!? 金髪の……」
「ん? 知っているの?」
「えぇ、それはもう。有名じゃないですか……悪い意味で」
悪い意味で有名!? イライザさんが? いやいや事前に面談もしているし、グレイスさんたちとの顔合わせにも立ち会ったけど、特に問題なんて無かったわよ!?
「……えっと、どういう風に有名なの? 治癒魔法が初級しか使えないのは、アコライトだから仕方ないと思うけど」
「いえ、初級でも治癒魔法が使える仲間は、パーティとしては有難い存在ですけど……イライザさんは、その初級の治癒魔法を使わないんですよ」
「どういう事? ロー・ヒールが使えるのは確認済みよ?」
「そういう事ではなくて、その……彼女は、戦闘になると人が変わるんですよ」
「え? どういう事?」
「普段は虫も殺せなさそうな穏やかな感じですけど、戦闘になると両手でメイスを振り回し、魔物に突撃していく殴りアコライトに変貌するんです」
「……は?」
いやいや、アコライトって治癒魔法を得意とする後方支援の役割なんだけど。
ジョブと行動が合ってないっ!
今後どうするかを決める為に、コレットから詳しく話を聞こうとした所で、
「タバサ……ちょっと来てくれ」
ギルドマスターに呼ばれてしまった。
一先ず呼ばれたので部屋に行くと、一通の手紙を前に、ギルドマスターが険しい顔をしていて、
「タバサ。これ、読んでみろ」
その手紙を渡される。
そこには、
――以前よりご依頼されておりました、召喚魔法の行使の件です。中央神殿が壊滅したという話が出ており、そちらの調査と今後の対応の検討を最優先とするようにと、上から指示があったため、暫くそちらへ行けそうにありません。申し訳ありませんがご理解願います――
と書かれており、最後に賢者様の名前が記されていた。
「……えっ!? ま、待ってください! 予定では、あと数日で賢者様が来るという話だったから、アレックスさんたちやステラさんに、ティナを魔族領へ送り込んだのに……暫く帰って来れないという事ですかっ!?」
「残念ながら、そうなるな。アレックスはまぁ大丈夫だとして、他の冒険者たち……特に女性が心配だな」
「そ、そうですね。襲われるかもしれませんね……」
「襲われる? 魔物なら、アレックスが居れば大丈夫じゃないのか?」
「ま、魔物はそうですけど、その……いえ、何でもありません」
ど、どうしよう。アレックスは最年少冒険者のフィーネちゃんに手を出しているんだよ?
そっちの趣味があるのなら、ギルド職員見習のティナに手を出してもおかしくはない。
ま、マズい。ティナは未だ十三歳よっ!?
アレックスさん。流石にティナへ手を出したら、捕まるからねーっ!
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