第486話 白い水

 暫く進んでいると……人の気配がする。

 それも、かなり大勢だ。

 一旦、小川に沿って進むのは諦め、少し離れたところから様子を伺うか。

 物陰に隠れながら、人の気配がする方の気配を探る。


「おぉぉっ! 何という事だ! す、凄いぞっ!」

「まさかこんな事が……奇跡だっ!」

「しかし、どうして急に立てるようになったんだ? あんなに衰弱していて、明日までもつかどうかってくらいだったのに」


 ふむ。よく分からないが、何らかの事態で床に伏していた者が、突然回復した……といった所だろうか。

 何かは分からないが、この村にとって良い事が起こったみたいだ。


「あ、あのね。ボク、おかーさんがくるしそーだったから、なにか、のませてあげよーとおもったの」

「ふむ。何を飲ませたんだい?」

「えっと、おみずなの。けさ、かわのみずが、ミルクみたいにしろくて、ふしぎだったの」


 なるほど。察するに、子供が川の水を汲んで、病気の母親へ飲ませたといったところだろうか。

 ただ、小川の水が白いというのはよく分からないが。


「待って! それなら、私も今朝飲んだよ! ちょっと色が変だなーって思ったけど、何故か凄く美味しそうに思えて、飲んだらお肌がツヤツヤで、昨日転んで出来た怪我も治ったの!」

「ふむ、小川の水か。他にも朝に飲んだ者は? ……七割くらいの者が飲んだのか」

「うーん。僕も川の水が白いのは気付いたけど、飲めなかったよ。何て言うか、ちょっと嫌な感じがしたんだけど。よく、あんなの飲めたね」


 白い水か。大量の牛乳でも零れたのだろうか。

 まぁとりあえず人が居るという事と、今は皆が病気が回復したと思われる女性の家に集まっているようだし、今なら他の者に見つからないはずだ。

 今の内に、迂回して小川の先へ行ってみるか。


「何て言うかね。見ているだけで胸が心躍るというか、飲まずに居られないっていうか、あの白い水には何か引き付ける物があったんだよ」

「……オレは飲んだけど何も起こらなかったんだが。昨日、魔物にやられた傷だって治らないし」

「わたしは、なおったよー! ねつがあったんだけどー、しろいおみずをのんだら、すぐになおったのー!」


 隠れていた場所から離れ、少しずつ距離を取って行くのだが、かなり白熱しているようで、未だに声が聞こえてくる。

 聞こえて来た話からすると、男には効果が無い……のか?


「うーん……待てよ。もう一度、白い水を飲んだ者は手を挙げよ。……うむ、殆どが女性だな。この中で、怪我が治ったり、何かしら体調が良くなった者は? ……なんと、全員女性か」

「女の子にしか効かないんだー。今はもう水が白くないよねー? ちょっと見て来るー!」


 家が集まっている場所から、誰かが小川の方へ来るようだ。

 ……って、マズい! 身を隠す所がどこにも無い!

 眠るラヴィニアを抱きかかえ、幼いニースを連れている上に、ふわふわと浮かぶユーリが居て……これは絶対に見つかってしまう!

 別に村で悪い事をしている訳ではないが、何者だ!? と、問われる事は間違いないので、どうしようかと考えていると、予想通り小川に少女が現れる。


「んー、やっぱり今は白くないかー……っ!?」


 しまった。目が合ってしまった。

 俺より少し年下と思われる少女が目を丸くして、俺を見つめながら、ゆっくりと後ずさ……らない!?

 むしろ、小川を飛び越えて、こっちへやって来たんだが。

 村の者を呼んだりする気配がなさそうだし、好奇心旺盛な少女なのだろうか。

 どうするのが正解かわからずに固まって居ると、すぐ近くまで少女がやってきて、キラキラと上目遣いで俺を見つめてくる。


「あー、俺は怪しい者ではなくてだな……っ!?」

「……好きですっ! 結婚してくださいっ!」


 少女がラヴィニアを抱きかかえる俺に飛びつき、キスしてきた!?


「な、何!? 眠いのに……って、誰!?」

「私はこの人の奥さんになるって決めたの! ねぇねぇ、そっちの奥の茂みに行こー!」

「ちょ、ちょっと! この人は、私の夫なのよっ!」


 突然キスしてきた村の少女と、眠たそうなラヴィニアがぶつかり合い……


「どうかしたのー?」


 先程固まっていた村の者たちがやって来てしまった。

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