第456話 食べられるアレックス

「あなた、これはハマグリね。……かなり大きいけど」

「ハマグリ? 随分と大きい貝なんだな」

「パパー! リディアー! つくったー!」


 ラヴィニアの話によると、捕らえた貝の魔物はハマグリというらしい。

 焼くと美味しいという話なので、リディアが鉄の網と火を使う台座が欲しいと言い、ニナの人形が手早く作ってくれた。

 本来は、家の下……船底になにかあった時の補修用の鉄なのだが、まぁ少しだけだし大丈夫だろう。


「では、早速火を出しますね」


 鉄の台座にリディアが弱めの火を点け、その上に網とハマグリを置く。

 暫くすると、ハマグリがカパッと開いた。


「あなた。ハマグリは、この煮汁が美味しいわよ」

「そうなのか。とりあえず、普通のハマグリではなくて魔物だから、毒味をしよう≪ピュリフィケーション≫」


 魔物の肉を浄化し、食べられるようにする魔法だが、貝でも同じだろう。

 そう思いながら、リディアに器へ入れてもらった煮汁を飲む。

 あ、これは旨いな。身体も光ったし、ちゃんとスキルを得られたようだ。


「あぁぁ……ご、ご主人様っ! 飲んでしまわれたのですねっ!?」

「アレックスさん! そんな物を飲んで……だ、大丈夫!?」

「あなた。ごめんなさい! まさか、こんな事になるなんてっ!」


 何だ? 突然モニカやリディアにラヴィニアが騒ぎだしたのだが。

 ミオは笑っているだけだし、レヴィアはキョトンとしているし……何が起こったんだ?


「……って、あれ? さっきのハマグリは?」


 気付いたら、網の上から貝が無くなっている。

 人の大きさ程の貝が消えたりしないだろうと思っていると、見知らぬ全裸の女性が居た。


「あの、先程焼かれていたのは、私です。助けていただき、ありがとうございました」

「え? どういう事だ?」

「私はウムギヒメという、海底に棲む者です。大昔にハマグリの姿にされ、海を漂っておりました」


 すまん。状況が全くわからないのだが……え? 俺が浄化魔法を使い、リディアから煮汁を受け取った後で、貝が全裸で開脚している女性に変身した?


「じゃあさっき俺が飲んだのは、この女性から出た汗なのか? 確かに、ほのかに塩味があったが、やけに旨かったんだが」

「ご主人様。リディア殿が汁をすくった位置的に、汗というより私の聖水と同じ……ご主人様っ! 私のもっ! 私の聖水も飲んでくださいっ!」

「あ、あの……お話を聞くに、それは私がハマグリにされていた時に出た汁ですし、流石に変な物ではないと思うのですが」


 ウムギヒメが物凄く困った様子で深々と頭を下げてくる。

 だが、俺もそう思う。そもそも、本当にモニカの言うアレなら、こんなに沢山出ないだろうからな。


「とりあえず、何か着るものを……」

「あ、いえ。お構いなく。私と同じく、貝にされてしまった者が居るのです。今から、その者を探しに海へ帰ろうと思いますので」

「ウムギヒメは人の姿に見えるが、ラヴィニアみたく人魚のような存在なのか?」


 ラヴィニアも泳ぐのに邪魔だからと、服を着ないからな。


「人魚ではありませんが、水の中で生きていけるので、ご心配なく」

「そうか。とりあえず、もう人に攻撃したりはしない……という事か」

「攻撃? いえ、元よりそのようなつもりはなく、濃厚で美味しいミルクを発見したので、それを求めて来ただけですが……」

「ミルク? 海の中で……か?」

「はい。とても味が……魔力が濃くて、一口飲むだけで百年は生きていけそうに感じました。それが、この船から垂れ流れていたのですが」


 船というか家なのだが、まぁそれはさて置き、そんなミルクなんてないぞ?


「ふっふっふ。ウムギヒメとやら。お主は運が良いのじゃ。そのミルクは……ここにあるのじゃ!」

「まぁ……す、凄いですね。えっと、私のお汁を飲んでいただいた訳ですし、次は私が飲ませていただく番ですね?」

「ミオ!? いきなり人のズボンを……って、ウムギヒメ!? おぉぉぃっ!?」


 ミオが俺のズボンを降ろすと、全裸のウムギヒメが近寄ってきて……いや、マジで何をしているんだっ!?


「さて、アレックスよ。早速分身するのじゃ。我はそこそこ満足しておるが、満足しておらぬ者も居るのじゃ。あ、結界は張り直しておいたから心配ないのじゃ」

「って、おい! レヴィアもラヴィニアも……待ってくれ!」

「アレックスさん……お昼ご飯を食べるつもりが、お昼ご飯に食べられるなんて」


 リディアはリディアで何を言っているんだよっ!

 というか、レヴィアはいつになったら出発するんだぁぁぁっ!

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