第505話 森の中の攻防

 後ろに下がった女性が、一瞬で高い木に登る。

 おぉ! 流石はリス耳族。木登りスキルを持つノーラと一緒で、物凄い速さだ。


「パパ! あの人、短剣を抜いたよっ!」

「そうか、ありがとう。ならば俺も剣を使うか」

「って、パパ。鞘ごと……あ、剣は抜かないって事だねー」

「あぁ。ノーラの知り合いの可能性があるからな」


 剣は使うが、あくまで短剣を防ぐ為だ。

 流石に刃物は素手で防げない。

 鞘ごと剣を手にして構えていると、高い木の上から女性が飛び降りて来た!


「って、その高さは危ないだろっ!」


 剣を投げ捨て、落ちて来る女性を受け止めようと構えていたのだが、真っ直ぐ俺に向かって落下していたはずなのに、突然軌道が変わる!


「風の魔法か!? しまったな」


 見事な体術で、魔法を使うタイプではないと思い込んでしまった。

 剣は……拾う方が危険か。

 女性が滑空したり、真っ直ぐ落ちてきたりと、俺を翻弄し、


「参る!」


 突然凄い速さで落ちて来た。

 手には鋭い短剣があるが、あれを素手で何とかしなければ!


「≪水の刃≫」


 横からラヴィニアが水魔法で攻撃すると、女性が一瞬だけ滑空して自身の軌道を僅かに変えて、攻撃してきた。


「あなたっ!」

「……大丈夫だ」


 女性が落下しながら突きだしてきた短剣の腹を左手で殴って弾き飛ばすと、右手で女性を抱き止め、ゆっくりと地面に降ろす。


「……なっ!? 今の攻撃を素手で……か、完敗だ。私の事は好きにしてくれ。だから、妹だけは見逃して欲しい」


 女性が好きにしろとでも言いたげに、地面に大の字で寝転び、目を閉じる。

 本当に俺の事を何だと思っているのだろう。


「……あのな。最初から言っているが、俺は奴隷商人でも無ければ、暗黒魔法も使わない。≪ミドル・ヒール≫……パラディンだから、神聖魔法が使えるのだが、これでも信じられないか?」

「だ、だけど、妹はまだ十三歳なんだ! それなのに、アンタの声を聞いた途端に下着を着替える事になって……おかしいだろ。声を聞いただけで、そうなるなんて」

「いや、確かにおかしいとは思うが……だが、今俺の声を聞いても君には何も起こらないだろ?」

「私は、チェイサーというジョブを授かっていて、毒や魅了、麻痺なんかに耐性があるから……」


 チェイサーというジョブは聞いた事がないが、それよりも魅了に耐性があるという言葉で思い出したが、ここはあの村より下流だよな。

 原因ではないかと思える事に気付き、内心冷や汗を掻く。


「……一つ確認したいのだが、リス耳族の村はこの小川の水を飲んで居るのか?」

「飲んで居るけど……その前に私からも一つ言わせて。私たちはリス耳族ではないわよ。ムササビ耳族だから」

「ムササビ!? 見た所、リス耳族に凄くにているのだが」

「まぁ親戚みたいなものだしね」

「なるほど。という事は、ノーラというリス耳族の少女の事は知らないのか」

「えぇ。おそらく村の誰も知らないと思うわ」


 ムササビか。残念ながらノーラの故郷ではなかったらしい。

 ちなみに、ムササビ族は皆が大きなマントを身に着けているそうで、このマントで風をとらえて滑空する為、風の魔法を使っている訳ではないそうだ。

 俺からすると、物凄く危険に思えるのだが、ムササビ耳族は幼い頃から練習していて、誰もが当然のように出来るらしい。


「ちなみに、近くにリス耳族の村があるとかって事は知らないだろうか」

「少なくとも私は知らない。村の者に聞いてこようか?」

「そうだな。頼む」


 そう言うと、女性がよろよろと起き上がり、近くの木に登り、滑空しながら姿を消す。


「あなた。あのまま行かせて良かったの? 仲間を呼んでくるかもしれないわよ?」

「いや、大丈夫だろう。完全に戦意を失っていた。少なくとも、彼女が俺たちを襲おうとは思わないだろう」


 とはいえ、あの女性がそう思っていなくても、周囲がどう思うかは分からない。

 もしも大勢で襲い掛かってくるようであれば、今度はこちらから攻撃させてもらうが。

 ひとまず、投げ捨てた剣を拾って腰に差し、弾き飛ばした女性の短剣を拾っておく。


「パパー! そのナイフ……どくがぬられてるよー! ≪リフレッシュ≫……ねんのため、ちゆまほーをつかっておいたよー!」

「ユーリ、ありがとう。毒耐性があると言っていたし、チェイサーというジョブは毒を扱うジョブなのかもしれないな」

「そーかも。きをつけてねー」


 うーん、毒使いか。

 ラヴィニアの言う通り、村へ帰してしまったのは失敗だったのか? ……いやいや、きっと大丈夫なはずだ!

 ひとまず、先程の女性が戻って来るのを待つ事にした。

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