挿話96 新たなお仕事を得た巨人族の癒し手イネス

 私が生まれて百三十年。

 巨人族にあるまじき身体の小ささのせいで、成人になってから酷い扱いを受けていたけど、アレックスさんのスキルであの場所から抜け出す事が出来た。

 今は全然違う場所に居て……ちょっと変わった仕事をする事になっている。


「……それでね。アレックスったら酷いのよー! 私なんて十年以上片想いで、やっと恋が実ったと思ったら、今や何人の女性と関係を持っているのよっ! って感じでねー」

「アレックスさんは、この国の王様なんですよね? でしたら、ある程度は仕方が無い気もしますけど……」

「そうだけどさ。そうなんだけどさ……はぁ~、イネスちゃんのマッサージは本当に気持ちが良いわー。ありがとっ! じゃあ、また頑張ってくるわねー!」


 そう言って、エリーさんが部屋から出て行った。

 何でも、エリーさんはアレックスさんの奥さん――第一王妃らしく、メイリンさんとこの国の内政について、これから打ち合わせをするらしい。

 ……という訳で、私がこの場所でもらったお仕事は、癒し手というジョブを活かして、この地に住む女性をマッサージしながら愚痴――もといお話を聞くお仕事だ。

 難しい事は分からないけれど、誰かに話を聞いてもらえるだけで、心が軽くなるものらしい。


「イネスちゃーん! 今日も、お願いっ! カスミちゃんの腰が……腰がピンチなの」

「カスミさんは……腰を使い過ぎのようですね。少し静養された方が良いと思うのですが」

「それはつまり、腰を使っちゃダメって事ー? 無理よー! だって、アレックス様が寝かせてくれないんだもーん!」


 エリーさんの次に来たカスミさんは……どういう身体の鍛え方をしているんだろう?

 女性としての柔らかさを保ちつつ、身体の内側の筋肉は凄く洗練されている。

 外側は身体を鍛えず、内側だけ鍛えるとかって出来るものなのだろうか。


「……それでねー、サクラちゃんとツバキちゃんはアレックス様に召し上がっていただいているんだけどー、ナズナちゃんが奥手なのよねー」

「あの、召し上がるとは……?」

「あー、イネスちゃんは未だ知らないかぁー。イネスちゃんも可愛いから、そのうちアレックス様に……うん。その時が来たら、相談してねー。いつもマッサージしてもらっているお礼に、カスミちゃん協力するからー!」


 一体何の時が来るんだろう。

 そんな事を思っていると、可愛い女の子が現れた。


「イネスー! 撫でて欲しいニャー! ……イネスのナデナデは最高なのニャー! お魚とミルクの次に好きなのニャー」

「ふふ、ありがと」

「ところで、イネスー。何でも、凄く大きなお魚がアレックスの奥さんになったって聞いたニャー。知ってるニャー?」

「ラヴィニアさんの事かな? ここで、いろんな方からお話を聞いているから、お名前だけは伺っていますよ」

「やっぱり美味しいのかニャー? アレックスとボルシチから美味しいミルクは貰えるけど、お魚はあんまりくれないのニャー」

「そうなんですか? ……ん? ボルシチさんはともかく、アレックスさんがミルクを?」

「そうなのニャー。直接はくれないから、落ちているのを貰いに行くのニャー……って、話して居る内に飲みたくなって来たのニャー! ちょっと西の建物へ行って来るニャー!」


 猫耳のムギちゃんは気まぐれで、来たと思ったらすぐに何処かへ行ってしまった。

 けど、アレックスさんのミルクって何の事だろう? 美味しいって話だけど……って、また可愛らしい女の子が来たわね。


「あ、あの……イネスさん」

「どうしたのかな? ティナちゃん」

「えっと……む、胸を大きくするマッサージって出来ませんかっ!?」

「……すぐに効果は出ないと思うけど、一応は」

「お、お願いしますっ!」


 エリーさんやステラさんの話を聞いていると、胸は大きくても肩が凝るだけで、あまり良い事は無いらしいけど……悩みは人それぞれだからね。


「んっ……はぅっ」

「あ、もしかして痛い?」

「ち、違うんです! そ、そうじゃなくて……んぅっ! うぅ……ま、また来ますっ!」


 あ、あれ? ティナちゃんが顔を真っ赤に染めて逃げるようにして部屋を出て行ってしまった。

 どうしたんだろうかと思っていると、


「イネス。今、いいか?」


 私の恩人で、この国の王様であるアレックスさんがやって来た。

 凄く偉い人のはずなんだけど、威圧的な雰囲気を少しも出さないのは凄いと思う。

 きっと、良い王様なんだろうなと思っていると、


「すまない。腰が……中位の治癒魔法で効かないくらいに痛めてしまって。ステラに言うと、怒られそうでな」


 カスミさんと同じく腰を痛めてしまったらしい。


「そうなんですか? ではどうぞ、こちらへ」

「ここに……か? わ、わかった。よろしく頼む」


 アレックスさんは王様なので、他の人みたいにベッドへ寝てもらうよりも、少し頭を高く……膝枕にしてみたんだけど、間違えちゃった?

 そんな事を思いながら、頭と腰を撫でていると……寝ちゃった?

 王様だし、きっと寝る間も無いくらいに忙しいのだろう。


「ふふっ……アレックスさんってば、子供みたい」


 眠るアレックスさんの頭を優しく撫でていると、


「……私もアレックスに膝枕をしてあげたい」

「……アレックスさんは、一体どれだけすれば気が済むんですかね」

「……一緒に寝るのは、私が一番得意なのにー」


 部屋の外から、レヴィアさんとステラさんとテレーゼさん……というか、他にも何人かドアの隙間から覗いていた。

 アレックスさんに決めてもらわないと、お仕事が進まないとか、そういう事なのかも。

 起きたらまたお仕事が大変そうなので、せめて今は安らいでもらおうと、外の視線から守るようにアレックスさんを抱きかかえると、


「あぁぁぁーっ! ずるーいっ!」


 外から色んな声が聞こえてきて……この状況でズルいって、どういう事だろ?

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