第886話 いなくなったマリーナ

「あっちだ!」


 デイジー王女と少女を抱きかかえ、太陰と共に人が大勢集まる建物へ急ぐ。

 かなりの人がいるようで、何を言っているかはわからないが、かなり騒めいている。

 なので、多少音を立てても問題ないだろうと、扉を一気に開けて中へ飛び込むと、


「先生ー! ミルクこぼしたー!」

「ねーねー、このおかず交換しようよー!」

「シチューおかわりー!」


 大勢の女の子たちが、夕食を食べているだけだった。


「……何だ。食堂だったのか」

「あ、あの、アレックス様。あちらに……」

「ん? ……え?」


 デイジー王女が何かに気付いたようで、指を差す方へ目を向けると、


「はいはーい! マリも余ったヨーグルト欲しいー! くじ引き? やるやるー!」


 女の子たちと一緒にご飯を食べていた。

 しかも、周りの女の子たちと楽しそうにしている。


「えーっと、特に危害を加えられている訳ではなさそうで良かったよ」

「お兄ちゃん、待って! 騙されちゃダメだよ! ここの給食には凄い罠があるんだ」

「え!? どういう事なんだ?」

「マリーナちゃんを見ていれば、すぐにわかるよ」


 いや、罠があると分かっているのであれば、様子見などをせずに、すぐ助けるべきなのだが……少女が動いてくれない。

 仕方がないので、言われた通りに様子を見ていると、成人女性が女の子たちを見て回っており……何かに気付いた様子でマリーナの傍へ。


「マリちゃん。給食は残しちゃダメよー」

「えっ!? でもマリ、この緑の美味しくない……」

「ピーマンも良く噛んで食べると、甘くなってくるのよ。それに、マリちゃんが大きくなるために必要な栄養だから、残さず全部食べましょうね」


 あー、よく見れば、マリーナが皿の端にピーマンのかけらを集めていたのか。


「ほ、ほら、お兄ちゃん! 見たでしょ!? ここでは、嫌いな食べ物でも、残さず全部食べないと、出られないの!」

「いやあの、食べ物を粗末にしない方が良いだろうし、残すと作ってくれた人に失礼だと思うんだが……」

「でも、ピーマンだよ!? あの苦いピーマンを食べるなんて無理だよー!」


 食べ易いように、結構小さく切ってくれていると思うんだが……って、マリーナが触手を使い、ピーマンを少しずつ周囲の子供たちの皿へ移した!?

 いや、マジで何をしているんだ。

 左隣の女の子が不思議そうに自分の皿を見つめ、右隣の子は絶望しているんだが。


「はーい! じゃあ、全部食べ終わった人から、お風呂へ行きまーす! まだ食べ終わっていない人は、早く食べましょうねー!」

「ふっふーん。お風呂お風呂ー!」


 成人女性の言葉で、マリーナが他の子たちと同じ様に食べ終わった食器類を片付け、嬉しそうに歩いていたところに太陰が力を使用する。


「わぁっ! アレックスー! 急に現れたからビックリしたよー!」

「いや、いろいろあったんだが……マリーナは何をしているんだ?」

「え? あのねー、言われた通りに女の子たちの様子を見ていたんだけど、急にマリの事が見えるようになったみたいで、一緒に算術のお勉強をして、ご飯を食べてたのー!」

「そ、そうか」


 まぁマリーナの見た目は、この小学校と呼ばれる施設の子供たちと同じくらいだからな。

 おそらく生徒と思われたのだろう。

 これまでに得た話からすると、ザガリーが買った子供をここへ連れて来ているみたいだし、変なタイミングで生徒が増える事も日常茶飯事だったのかもな。

 ひとまずマリーナを連れ、ミオの所へ行く事にしたのだが、


「そうだ、マリーナ。ピーマンを他の子に食べさせるのはダメだからな?」

「わぁ! 見られてたぁぁぁっ! け、けど、あれって美味しくないんだよー」

「わかるー! ピーマンって美味しくないよねー!」


 いや、マリーナと少女が意気投合しているが……確か、第四魔族領でピーマンも栽培していたよな。

 いつかマリーナを連れて行き、リディアやエリーに美味しいピーマン料理を作ってもらおう。


「あ、でもねー! マリ、ピーマンも美味しく食べられる、凄い方法を知っているんだー!」

「そうなのー!? どうするの!?」

「アレックスのアレをかけると、何でも美味しくなって、パクパク食べられるようになるんだよー!」


 マリーナは変な事を教えないように。

 あと、太陰も頷くなよ。デイジー王女と少女が興味津々じゃないかっ!

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