挿話75 頭を抱えるギルド職員のタバサ

「タバサ。あの第四魔族領へ視察に行く話があっただろ」

「はい。一応、準備は概ね終えており、後は現地へ行く日をアレックスさんと決めるだけですが」

「悪いが、あの話は一旦延期だ。問題が発生した」


 いつものように、突然ギルドマスターが来たかと思うと、突拍子もない事を言ってきた。

 いやいや、うちのギルドから派遣したアレックスさんが、その地で国を作っちゃったのよ!?

 これ以上の問題なんてある!?

 だから、色々とお願いしたり調整したりして、彼女に行ってもらう事にしたのに!


「あの、その問題って何でしょうか?」

「……まぁタバサは聞く権利があるか。ただ、これはまだシーナ国が独自で調査中であり、不確実な話なのだが……シーナ国の北側にある、第四魔族領のすぐ近くの街で、レッドドラゴンの目撃情報があったそうだ」

「れ、レッドドラゴン!? 災厄級の魔物じゃないですかっ!」

「あぁ。奴のブレスは全てを燃やし尽くし、身体を覆う鱗は鉄よりも硬い。万が一にも街へ来たら、確実に街が亡びるだろう」

「そ、それが第四魔族領の近くに居たんですか!?」

「というより、第四魔族領の上空で飛んでいるのを、大勢の人々が目撃しているそうだ。幸い、距離はかなりあったそうだが、多数の目撃情報から、大きな鳥などと見間違えた訳ではなさそうだ」


 ちょ、ちょっと待って!

 魔族領と言えば、聖属性に弱い悪魔や魔族ばかりが居るから、パラディンであるアレックスさんがエリーちゃんたちを守れている。

 でも、レッドドラゴンは水や氷が弱点だけど、聖属性に弱いなんて話を聞いた事が無いし、そもそも災厄級の魔物に遭遇してしまったら、アレックスさんやエリーちゃんたちだけで追い払う事なんて出来る訳が無い。


「ど、どうしましょう! アレックスさんやエリーちゃん、モニカさんとフィーネちゃんが……」

「落ち着け。さっきも言ったが、まだシーナ国が調査中だ。それに、第四魔族領がどれだけ広いと思っているんだ。目撃情報があった街からアレックスたちが居る小屋までは相当な距離があるだろ」

「そうですが、ドラゴンは空を飛びますよね? だったら、多少の距離なんて関係ないのでは?」

「だが、大きな街ならともかく、ドラゴンが空から小さな家を見つけ、更に襲って来る可能性は低いだろう。シーナ国では冒険者ギルドも冒険者の数も少なくて、ドラゴンを退治する事なんて出来ないが、その代わりにシーナ国の自警団が動くはずだ」

「そ、そうですか。一先ず、アレックスさんにはドラゴンに気を付ける様に言っておきますね」

「そうだな、頼んだ。とりあえず、ドラゴンが何処かへ行き、安全が確認出来たら、改めて視察を行おう。これはこれで放置出来ない問題だからな」


 なんて事だ。

 とにかく急いでアレックスさんに伝えないと!

 急いで通話魔法の魔法装置がある部屋行き、アレックスさんに呼び掛ける。


「アレックスさん! アレックスさーんっ! 緊急事態です! アレックスさん!」


 呼び掛けても応じてくれないのは、いつものように小屋の外へ出ているからなのか、それとももう既に……いやいや、そんな筈はない。

 仮にレッドドラゴンが襲撃してきたら、そもそも小屋も破壊され、跡形もなくなっているだろう。

 この魔法装置がエラーとなっていない時点で、小屋自体が残っているのは間違いない。

 とはいえ、外でドラゴンに遭遇して……うぅ、考えたくはないけれど、最悪な状況ばかりを想像してしまう。


「……と、とにかく呼び掛けなきゃ! アレックスさーんっ! 返事をしてくださーい!」


 暫く呼び掛けて居ると、


「……すまない、遅くなった。タバサ、どうしたんだ?」


 ようやくアレックスさんが応えてくれた。


「良かった。無事だったんですね」

「ん? もちろん無事だが……何の話なんだ?」

「実はですね。第四魔族領の上空で、レッドドラゴンを目撃したという情報がシーナ国の街からありまして。災厄級のドラゴンがそんな所に居るとは思えませんが、一応気を付けていただければと思いまして」

「……」


 あれ? レッドドラゴンの話をしたら、アレックスさんが黙ってしまった。

 やっぱりドラゴンが居るという話を聞いて、困惑しているのだろうか。

 いや、むしろ困惑しない訳がないか。

 召喚魔法を使える賢者様は、未だお忙しいみたいだし、今すぐアレックスさんたちを助けてあげる事が出来ないのは辛いところだけど、とにかく警戒してもらうしかない。

 ……気休めにしかならないかもしれないけど、ドラゴンに遭遇した時の為に、対空武器……という程でもないけど、弓矢とかを送った方が良いのだろうか。

 そんな事を考えて居ると、かなり長めの沈黙の後に、再びアレックスさんが話しだす。


「あー、タバサ。申し訳ないんだが、そのレッドドラゴンって、俺たちだ」

「……アレックスさん。ちょっと何を言って居るか分からないです」

「いや、昨日の事なんだが、竜人族の少女が来て……」

「アレックスさん! バカにするのも、いい加減にしてください! 竜人族だなんて、伝説上の種族が居る訳ないじゃないですかっ!」


 何よっ! 物凄く心配していたのに、レッドドラゴンになる竜人族の少女が居る?

 そんな訳ないじゃないっ!


「いや、本当なんだって……っと、それよりも頼みがあるんだが、ステラをこっちへ派遣してもらえないだろうか」

「ステラさんを? 一体どうしたんですか? まさか……」

「あぁ。子供が出来たんだ」

「………………だ、か、ら、避妊しろって何度も何度も何度も言ったじゃないですかぁぁぁぁ!」


 アレックスさんの、アホぉぉぉっ!

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