挿話20 久々に二人っきりとなる事が出来たエルフのリディア

「うわぁーっ! お兄ちゃん、凄いっ! 野菜がこんなに沢山生えてるっ!」

「あぁ、これは全てリディアのおかげなんだ。昨日も、今朝も美味しい食事を食べられたのは、リディアの料理の腕が良いのと、こうやって作物を作ってくれるからなんだよ」

「凄い……リディアお姉ちゃん、ありがとうっ!」


 アレックスさんと一緒に南に向かって歩いていると、途中にあったキャベツ畑や大豆畑を見たノーラさんがはしゃぎ、お姉ちゃんと呼ばれてしまった。

 昨日はリディアさんと呼ばれていたのに、随分と親しく……えっと、もしかして餌付けっていうのかしら?

 まぁそんな事よりも、アレックスさんが喜んでくれて、料理が上手だって褒められたのは凄く嬉しい。

 やっぱり好きな人に私が作った料理を食べて貰えて、美味しいと言ってもらえるのは幸せな気分になれる。

 ……ま、まぁついでに皆の分の食事も作っているだけなんだけど、それでも喜んで貰えるのは作った甲斐があるかな。

 ただ、このノーラさんが、未だにアレックスさんとくっついて居るのは困るけど。

 そんな事を考えながら、現時点で一番南側の畑まで来ると、


「あっ! あれって、もしかしてコーン!?」

「あぁ、そうだよ。……そうだ。俺とリディアはコーン畑のすぐ隣で作業をするから、ノーラはコーンの収穫をしてみるか?」

「えっ!? いいの!? やりたいやりたいっ!」

「じゃあ、コーンの収穫はノーラに任せた! 俺たちはすぐ隣に居るから、何かあったら呼ぶんだぞ」

「はーい!」


 ノーラさんがアレックスから離れ、一人でコーン畑の中へと入って行った。

 土の精霊の力で、青々と育っているコーンは、小柄なノーラさんよりも……というか、私やアレックスさんよりも背が高いので、ノーラさんの姿が全く見えなくなった。


「よし、じゃあ俺たちはまた壁を広げていくか」

「はいっ!」


 精霊魔法で壁の一部に穴を開け、現れたシャドウ・ウルフをアレックスさんが一撃で倒し、おんぶしてもらって新たな壁を作って行く……って、ちょっと待って。

 今の状況って、アレックスさんに奴隷から解放してもらった直後以来となる、貴重な二人っきりじゃない!

 あの頃は、ゆっくりアレックスさんとの距離を縮めていこうと思っていたけれど、その後ニナさんが来て、今のノーラさんみたいにべったりくっつかれて、エリーさんが来て、乳女さんが来て……アレックスさんと二人っきりでお話が出来る機会なんて、本当に無かった。

 ど、どうしよう。

 このビッグチャンスを、どう使うのがベストなのかしら。


 その一、ストレートに結婚して欲しいと気持ちをお伝えする。……成功すれば最高だけど、ダメだった時に、どこかへ身を隠す事も、ここから離れる事も出来ず、最悪な事になってしまうのでリスクが高すぎる。

 その二、今ここで愛してもらう。……どこかの乳女さんみたいでイヤ。しかも、最中にノーラさんが来てしまったら、誤魔化しようがない。何より、初めてはもう少しムードがある場所がいい。

 その三、とにかく親睦を深める。……無難と言えば無難。だけど、せっかくのチャンスを無駄にしてしまう気がする。


 うぅ……もっと、事前に作戦を練っておくべきだった。

 ろくな案が浮かばない。

 というか、一つ目と二つ目の案は絶対にダメでしょ。

 消去法で三つ目の案しか無いんだけど、既にお風呂へ一緒に入っているし、夜はアレックスさんに寄り添って眠っている。

 これ以上に親睦を深めるって言ったら……キスとか? この前、僅かに掠るくらいのキスなら出来たけど、でもこれって、一つ目の案に近くないかしら?

 私からキスすれば出来るだろうけど、その後どうすれば良いのっ!?


「……ディア。大丈夫か、リディア?」

「えっ!? な、何でしょうかっ!?」


 今何をすべきか考え過ぎていたせいで呼ばれていたのに気付けず、慌ててアレックスさんの顔のすぐ横へ、私の顔を突き出すと、


「いや、畑を耕し終えたんだが、話し掛けても、ボーっとしたままだからさ。顔も赤いし、もしかして熱でもあるのか?」


 アレックスさんが顔を私に向けて話し始めた。

 壁を作り終えているのに、ずっとおんぶしてもらったままなので、文字通り、目と鼻の先にアレックスさんの顔がある。

 四つ目の案――アレックスさんとキスすれば、大きく進展するけど……けど……


「――っ!? リディア!?」


 あ、あれ!? 気付いたら、キスしちゃってた!

 アレックスさんが驚いて、唇が離れたけど、一度したなら、もう一回しても良いわよねっ!

 開き直って、アレックスさんの背中から身を乗り出す勢いで、凄く長いキスを……というか、初めてだったけど、強引に舌も入れてみた。

 これが大好きな人とのキス。……凄く、凄くいいっ!

 長かったのか短かったのかは分からないけれど、再びアレックスさんが口を放し、


「……り、リディア? えっと、今のは……」


 顔を赤らめ、困惑した表情で私を見つめて来る。

 ど、どうする!? 好きって言っちゃう!? というか、私からキスしたし、言ったも同然よね!?

 でも、アレックスさんは……困ってる? それとも、突然の事で驚いているだけ?

 な、何て言おう……えっと、えっと……


「い、今のはエルフの習慣ですっ! あ、アレックスさんが私の事を心配してくださったので、その感謝の気持ちを行動で示しただけなんです!」

「習慣? エルフの?」

「は、はいっ! とはいえ、親しい仲でしかしませんし、もちろん私は初めてですが……その、とにかくアレックスさんへ感謝しているという事なんです」


 ……私は何を言っているのっ!?

 もう素直に好きって言えば良かったのにっ!

 アレックスさんとキス出来て嬉しい気持ちと、意味不明な言い訳をしてしまった後悔とが混ざる、何とも微妙な気持ちでいると、


「え? あ、アレックスさん!?」


 突然アレックスさんの身体が、淡く光り始めた。

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