第659話 貴重な水
「ふむ。ファビオラは白虎の居場所は知らないという話だったが、虎耳族という種族はどの辺りに住んで居るんだ?」
「私も詳しい場所までは知りませんが、西大陸の内側の方ではないかと」
「わかった。その……いきなりこんな事を頼んで申し訳ないのだが、西大陸の内側――ひとまず、隣の村へ案内してもらう事は可能だろうか」
「大丈夫です! アレックスさんのお役に立てるなら、どこでも喜んで行きます!」
白虎の救出の為、ファビオラに無理を承知で、隣の村へ案内してもらう事にした。
だが、その前に準備があるというので、暫しファビオラを待つ事に。
「では、地下の井戸から水を汲んで来ますので、少しお待ちください」
「そういう事なら俺も手伝おう。というか、むしろ俺がやるべきだろう」
「一緒に来てくださるんですか!? えへへ、嬉しいです」
流石に眠ってしまったユーリを抱っこしながら、井戸から水を汲むのは難しいと思ったので、ベッドに寝かせて……あー、直後だからか凄い事になってしまっているので、ユーリをグレイスに預けると、
「≪アクア・バブル≫」
泡魔法でベッドのいろんな汚れを綺麗にする。
「わぁ……凄いです! アレックスさんは、水魔法が使えるんですね! もしかして、飲料水を出せたりするんですか?」
「いや、俺が使える水魔法は、この泡魔法だけなんだ。あくまで泡なので、飲むのは難しいだろうな」
「そうですか。いえ、この辺りは砂漠地帯ですので、飲めたら嬉しいなって思っただけです」
ベッドを綺麗にしてユーリを寝かせたので、ファビオラと共に地下へ降りる。
何でも、全ての家に地下室があり、食料などを置いているそうだ。
「ここが我が家の地下室です。で、地下の井戸は、更に下層へ行きます」
「なるほど。砂漠だから、相当深く掘らないと水が無いという事か」
「そうですね。ただ、この辺りは海に近いからか、若干塩っけがありますが、それでも貴重な水ですのでご容赦ください」
今まではリディアやレヴィアに、ラヴィニアが居たから飲み水に困る事がなかったからな。
これまで、天后の転移スキルで戻る度に船へ食料を積んでもらっていたが、西大陸では食料の確保についても考えなければならないか。
なかなか大変……というか、今までが恵まれていただけで、これが普通の旅なのだろう。
そんな事を考えながら、ファビオラの家から階段を降りていき……かなり長いな。
暫く階段を降りると、光る苔に照らされ、石垣で補強された広い洞窟に出る。
「アレックスさん。こちらです。井戸がある最下層は、各家から繋がっているんです」
「なるほど。あの中央にあって、人が並んでいるのが井戸か」
「はい。水は貴重なので、一度にバケツ一杯と定められていますので、何度か並ばないといけないかもしれませんね」
「布や服を持っている者や、手ぶらの者も居るな」
「洗濯と水浴びではないでしょうか」
「……そうだ! ファビオラは、ここで並んでいてくれ。ちょっと考えがあるから行ってくる」
かなり長い列に並ばなければならず、時間が取られると思ったので、井戸の近くへ行くと、大声で呼びかける。
「俺は旅の者だが、泡魔法で汚れを落とす事が出来る。洗濯や洗浄で来た者は、こっちへ来て欲しい。魔法で洗い流してみせよう」
皆、聞こえているとは思うのだが、半信半疑といった感じで、顔を見合わせている。
そんな中、列の後ろの方に並んでいた女性が一人やって来た。
「あ、あの、こちらの毛布なんですけど……」
「任せろ。≪アクア・バブル≫」
「わぁっ! 凄い! 汚れが一瞬で……ありがとうございますっ! もう、何度も繰り返して並んでいたんです」
出された毛布の汚れを落とすと、駱駝耳族の女性に抱きつかれる。
どうやらかなり疲れていたようで、喜んでもらえたようだ。
「あ、あのっ! 私の服もお願いしますっ!」
「私も、この食器を!」
「俺はこの剣を洗いたいんだが」
実演したからか、並んでいた人たちの八割くらいがこちらへやって来た。
水が貴重だと、洗濯や洗い物が大変なのか。
依頼された物を全て綺麗にすると、男性は食べ物をくれたり、女性からは抱きつかれたり、キスされたり……いや、スキルまでもらってしまったんだが、かなり人助けが出来たようだ。
「アレックスさん、凄いです! かなりの時間並ぶ事を覚悟していたんですが、飲み水が確保出来ました!」
ファビオラから水を汲み終えたと聞き、地上へ戻る事にしたのだが、
「お、お願いします! こちらの鍋を……」
「待ってください! 私も、このシーツを……」
泡魔法の話が広まってしまったようで、洗濯に困っていたと思われる駱駝耳族の女性に囲まれてしまった。
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