第667話 追跡

「結衣。グレイスの匂いを追えるのか?」

「はい。幸い、ベッドのシーツにグレイスさんの匂いが強く残っています。これなら……大丈夫です!」


 ベッドの匂いを嗅いだ結衣が、扉ではなく窓へ向かうと、窓から外へと飛び降りる。

 まぁ二階なので、結衣の運動神経なら問題ないだろう。

 ひとまず、宿屋の者がグレイスの部屋をそのままにしてくれていたおかげで、何とか希望が見えた。

 ……って、結衣だけを行かせる訳にもいかないので、俺も窓から外へ。


「パパー、まってー! ユーリもいくー!」

「我も行くのじゃ」

「私も行くよ。仲間が攫われて放っておくなんて出来ないからね」


 結局、ユーリ、ミオ、ザシャもついてきたようなので、宿をファビオラに任せて結衣の後を追う。

 ……しかし、結衣はかなり速いな。

 匂いを追跡しながら、これだけ走れるのは凄いな。

 しかし……俺が人間だからか、それともユーリが天使族だからか。

 こうして街を移動しているだけでも視線を感じるな。

 今は結衣の後を追ってグレイスを助ける事が優先だが、時折感じる悪意を含んだ視線を向ける者は、殴っておいた方が良いかもしれない。

 そんな事を考えながらも、結衣が家の屋根に上がったり、突然地下の階段へ降りたりと、かなり激しいルートを進んで行く。

 おそらく、結衣がグレイスの匂いがする方角へ最短距離で進んでいるからだろうが……と、結衣が止まったな。


「ご主人様。この中から、グレイスさんの匂いがします」

「す、凄い場所に連れて来られたんだな」

「あ、アレックスさん! ま、待って!」


 結衣が足を止めたのは、かなり広い地下空間の天井ギリギリにある、隠し通路のような場所で、奥に扉が見える。

 はっきり言って、こんな所に通路があるなんて、知らなければまずわからないだろう。

 下から見上げても、ただの窪みにしか見えず、通路だなんて思わなかったしな。

 そして、三階建てくらいの場所にあるので、ユーリやザシャのように空を飛べないと、そもそも来られないだろ。

 ……まぁ結衣は壁を駆け上がり、俺は壁を殴ってへこませ、足場を作りながら強引に登ったが。


「結衣は、ここでザシャが登って来るのを待っていてくれ」

「畏まりました。ご主人様は……」

「俺は、今すぐ突撃してくる」


 グレイスが攫われている以上、一分一秒を争うからな。

 相変わらず、ユーリは俺の背中にくっついたままだが、そのまま奥の扉に手を掛ける。

 扉には鍵が掛っていなかったので、そのまま中へ。

 中は短い通路があり、その先が開けているようで、奥から話し声が聞こえてくる。


「やっぱりネズミの奴らが良いんじゃないか?」

「そうだな。猫でも良かったんだがな。ただ、アイツらは気まぐれだからな。こういう取引には向かないんだよな」

「これが人間族の男だったら、間違いなくウサギなんだけどな。年中発情期同士、宜しくやるだろ」

「あー、確かにウサギなら人間族の男は絶対に金を出すな。あの人間族の男が兵士の詰所で一泊したのが想定外だったからな。男は今晩拐うか」


 これは……もしかして、グレイスを何処に売るかって話なのか!?

 あと人間の男って……俺の事だよな?

 よし。グレイスの安全が確保出来たら、潰そう。

 どうやら完全に油断しているようなので、中の様子を伺い……見える所にグレイスは居ないか。

 奥にグレイスと奴らの仲間が居たらやっかいだな。


「じゃあ、俺たちはネズミの奴らと交渉してくる」

「あぁ、頼むよ」


 二人、こっちへ来るな。

 奥に何人か残っていそうだが……とりあえず、コイツらから何人居るか聞き出すか。

 一旦扉の外まで戻り、出て来たところで二人の口を塞ぎ、軽く膝蹴りを放つ。


「騒ぐな。中に何人居るか教えてもらおうか」

「……あの、ご主人様。お言葉ですが、完全に気絶していると思います」

「パパー。そのひとたち、しんじゃうよー?」


 いやあの、軽く……軽く蹴っただけなんだ。

 頭から犬のような耳が生えた男二人に治癒魔法を施し……改めて聞く事にした。

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