第190話 乳搾り

「こ、こほん。紹介しよう。熊耳族のビビアナだ」

「び、ビビアナッス。この度、アレックス様の妻となりましたので、どうぞよろしくお願いするッス」

「妻? ……アレックスさん。どういう事でしょうか?」


 り、リディアの視線が冷たい。

 一先ず説明しようと思った所で、ツバキが事情を知っているからかフォローに入ってくれる。


「リディアさん。ビビアナさんは突き勝負を挑み、アレックス様の凄まじい一突きで、妻にして欲しいと懇願されていました」


 いや、全然フォローじゃなかった!

 というか、微妙に合っているけど、ニュアンスがおかしいんだが!


「へー。突き対決ですか。面白そうな勝負ですね。後で私にも同じ事をしてくれますよね?」

「な……そ、そんなに細く華奢な身体で、アレックス様のあの一撃を受けるッスか!? し、死んでしまうッス!」

「ビビアナさんは、今日初めてアレックス様のアレを知ったかもしれませんが、私は毎日してもらっているんです! 私の方がアレックス様に愛してもらっているんですーっ!」

「あぁ、そういう事なら大丈夫ッス。一夫多妻制の国や種族があるというのは知っているッス。特にアレックス様のあの力強い一撃……あの力は、是非とも自分の子供に引き継いでもらいたいッス」

「くっ……フィジカルな話をされるとエルフは弱いですが、真のアレックスさんの良い所は、その優しさと正義の心です! 私はアレックスさんとの子に、そういう心を持ってもらいますっ!」


 話が……話がおかしな方向へ向かい出した。

 どうして、拳の話から子供の話になるんだ!?


「ビビアナもリディアも、ストップ! とりあえず事情と、リディアに依頼したい事を説明するから」


 何故か変に張り合い出していたビビアナとリディアを止め、これまでの経緯を話し、


「……つまり、こちらの乳牛の為に、牧草が欲しいと。うーん……はい、分かりました」


 何とか理解してくれた。

 とはいえ、未だに微妙な顔をしているけど、おそらくミルクが手に入るのが嬉しいのだろう。

 俺としては、皆が仲良くしてくれると嬉しいのだが。


「ビビアナさん。牧草は、どのような種類が良いですか? 私が――エルフがイメージする牧草といえば、絹糸草なのですが、他にも白詰草やアルファルファなども、牧草と呼ばれるかと」

「えっ!? ちょ、ちょっと何を言っているか分からないッス。とりあえず、リディアさんがイメージする牧草で良いと思うッス」

「わかりました。では、絹糸草を周囲に生やしていきますね」


 リディアが精霊魔法を用いて、牧草を生やしていく。

 畑の時は地面を耕すが、牧草では不要……というか、むしろやらない方が良さそうだ。

 土が柔らかくなってしまったら、乳牛が足を取られてしまうかもしれないし。

 俺の耕す作業が不要なので、いつものおんぶではなく、リディアと手を繋ぎ、周囲に牧草を生やしつつ、俺も石の壁を広げていくと、


「アレックス様。牧草を出現させるのは凄いッス。けど、リディアさんだけ手を繋ぐのはズルいッス! 自分も手を繋ぎたいッス!」

「でしたら、私も手を……って、先に取られたっ! で、でしたら、私は背中にっ!」

「ビビアナさんもツバキさんも、私はアレックスさんから魔力を分けて貰う為に手を繋いでいるんです。ビビアナさんは乳牛さんが逃げないようにしっかり見ていてください。あと、ツバキさんはノーラさんの所へ行き、作業の頃合いを見て牛舎を作る為に呼んできてください」


 リディアが近寄って来たビビアナとツバキに指示を出す。

 牛乳の為か、随分と気合が入っているようだ。

 それから、東北東エリアがかなり広くなり、平らな牧草地帯となる。

 その間に、ビビアナから話を聞いたノーラがゴレイムや他の人形と共に牛舎を完成させ、鳥と乳牛が他のエリアにいかないようにする柵まで作ってくれた。


「あ! しまったッス! 乳牛から絞ったミルクを入れるバケツが必要なのに、忘れてきたッス!」

「大丈夫です。待っている間に、ニナさんに作ってもらいました。とりあえず、五つあります」


 ツバキがバケツを取り出し、もろもろ最低限の準備が出来たので、鳥の世話をしに来ていたムギにも参加してもらい、皆で乳搾りをしてみる事に。


「自分、一応レクチャーを受けているッス。ただ、元々の握力が強いので、自分とアレックス様はやらない方が良い気がするッス」

「あら? どうしてアレックスさんはやめた方が良いの?」

「アレックス様の握力だと、乳牛が怪我をしてしまう気がするッス」

「大丈夫だと思うけど。むしろ、この中で一番扱いに長けて……こほん。じゃあ、私がやってみますね」


 リディアが早速乳搾りに挑戦するが、やはり難しいのか、上手く出ない。

 ツバキやノーラも同じで、飼育係に任命されているムギは……


「出たニャー。楽しいニャー」

「おぉ、流石だな」


 力加減なのか、扱い方なのか。

 ビビアナのアドバイスを聞き、上手にミルクを絞っている。


「あの、一応アレックス様もやってみては如何でしょうか」

「んー、ムギみたいにすれば良いんだよな? ……お、出たぞ。……って、物凄く出るんだな」

「ムギがやるより、大量なのニャー」


 ムギの真似をすると、バケツにミルクがどんとん溜まっていく。


「やはり、アレックスさんが一番扱い慣れているから……」

「アレックス様はモニカさんやエリーさんの、大きなものを普段から扱われていますからね」

「リディアもツバキも、何の話なのー?」


 俺もノーラと同意見で、何の話なんだと言いたいが……結果が結果なので、黙っておく事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る