第606話 ベルティーナの母親

 大きな屋敷の奥へ行くと、俺に対して冷たい目を向けていたベルティーナを、更に冷たくしたような女性が座っていた。


「は、母上。村の入り口で騒いでいた男を連れて参りました」

「……ベルティーナ。その男を連れて来た理由を聞かせてもらいましょうか」

「はい。何でもこの人間族の男は、地上から来て……その、ギルベルト様を倒したと申しておりまして」


 ベルティーナが恐る恐るといった感じで母親――つまり魚村の村長へ報告を行うと、今度はその冷たい視線が俺に向けられる。


「……ギルベルト様を倒したなどと言う者を、ベルティーナが私の元へ連れて来たという事は、向かわせた五人では手も足も出なかったという事ですね? ひとまず、話を聞きましょうか」

「そうしてくれると助かる。正直、ベルティーナは話にならなくて困っていたんだ」


 ひとまず、村長が話を聞いてくれるようで、これまでの事を簡潔に話す。

 地上から第一魔族領へやってきてギルベルトを倒し、玄武を解放した後、ある魔法装置を用いて落下を防いだと。


「なるほど。つまり、もうこの第一魔族という場所に囚われる事なく、我々は地上へ降りる事が出来るというのですね?」

「その通りだ」

「ふぅ……仮にその話が本当だとしましょう。ですが、我々の生活が変わる事はありません」

「まぁそれはもちろん自由だ。何も生活を変えて欲しいと言っている訳ではなく、行動範囲が広くなったという話をしたいだけなんだ」

「行動範囲が広くなった? いいえ、逆です。貴方が本当にギルベルト様を倒したのだとしたら、我々はこの村の守りに人手を割き、これまで以上に警戒しないといけなくなったのです」


 え? どういう事だ?

 風の四天王を倒し、第一魔族領を解放したのだが。

 それに、まだ話していないが、地上へ……少なくとも第四魔族領にはシェイリーの魔法陣で行き来出来るようになるんだぞ?

 どこから指摘しようかと考えていると、それよりも先に村長が口を開く。


「わかっていないようなので説明致しますが、本当にギルベルト様が倒されていた場合、先ず魔王が動くでしょう。そして、この地へ新たな魔族の軍団を派遣し、今度は玄武を交えて激しい戦いが行われる……我々は、それに巻き込まれてしまうのです」

「まぁ可能性としては有り得る話だが……」

「それだけではありません! 貴方たちのように、地上から誰かが侵略に来る可能性もあります。これまでは、村の周囲にいる魔物だけを警戒していれば良かった。ところが、今度からは魔物とは違う、知恵を持った者を警戒しなくてはならないのです」


 なるほど。言いたい事はわかった。

 魚村としては、これまでの生活で不自由していなかったから、地上へ降りれるメリットよりも、地上から来られるデメリットの方を気にしているという事か。


「そういう事を気にしていたのか。だが、まず一つ目の新たな魔族が来るかもしれないという事については、玄武と相談しよう。どのみち、この第一魔族領も防衛体制を整えるつもりだったんだ」

「防衛体制? それはつまり、貴方の国の王族や貴族などに掛け合い、この第一魔族領へ軍を派遣するという事ですか? そして、この地を支配すると?」

「いや、支配なんてする気はないさ。ただ、ここに住む者たちを守りたいだけで。あと、軍……と言われると何とも言い難いが、俺たちの仲間を連れて来る事は考えている」

「貴方の仲間ではダメでしょう。ギルベルト様を倒す程の力が本当にあるから、攻めて来た魔族を追い返す事が出来ると仮定したとしても、結局地上のどこかの国が攻めて来るのではないですか?」

「魔族を追い返す……は、その通りだ。全力でこの地を守る事を約束しよう。あと、地上の国が攻めて来る……か。これはどうするかだな」


 今のところ、第四魔族領へ他の国が――隣接するシーナ国が攻めてきたりした事はないが、表向きはスノーウィがアレクサンダー王国という国にしてしまっただけで、未だに第四魔族領が魔族から解放されたという事にはなっていないはずだからな。

 では、この第一魔族領はどうするべきか。

 今は、数十年前に空高く打ち上げられたという事を知る者は限られているから、第四魔族領と同様に魔族の支配から解放された事を公表しない方が、魚村や野菜村としては平和なのかもしれないな。


「……よし。その地上からの侵略については、魔族の支配から解放されたままという事にして、対策としよう」

「貴方は、どこかの国の一騎士に過ぎぬのだろう? この第一魔族領へ騎士隊などを派遣した記録などもあるだろうし、黙っておくなど不可能ではないのか?」

「それについては、何というか……自分で言うのもどうかと思うが、大丈夫だ。一応俺は、ある国の王なんだ」

「……は?」

「だから、俺たちが他の国や組織に言わない限りは、先程の話が漏れる事はない……って、いや本当だからな?」


 一生懸命考えた結果を話したのだが、何故か村長たちが俺に向けて来る目が、更に冷たくなってしまった。

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