第696話 太陰

「さて、落ち着いたところでミオに聞きたい事があるんだが」

「ふむ。我は、アレックスの子を九人は欲しいと思っておるのじゃ」

「……いや、そういう話ではなくて、天空が言っていた太陰の事なんだが」


 天空が白虎と太陰を助けて欲しいという話を言って、時間切れで帰って行った。

 白虎の事はシェイリーから聞いて知っているが、太陰という者は聞いた事が無い。


「うーむ。天空から太陰の名が……」

「その二人は何か関係があるのか?」

「あると言えばあるのじゃ。しかし……うぅむ」


 太陰の名を出すと、何故かミオが困惑の表情を浮かべながら俺を見て来る。

 何だ? 太陰とは何者なんだ?

 そんな事を考えていると、いつの間にかディアナが走り寄って来ていて、飛びついて来た。


「にーに、酷いよー! 皆で楽しそうに遊んでいたのに、ウチとユーリちゃんだけ仲間外れだなんて」

「いや、遊んでいた訳ではないんだが、いろいろと訳ありでさ」

「えー! でも、みんな凄く楽しそうだったもん! にーにの上でピョンピョン跳ねて……ディアナもやってみたいー!」


 ん? あれ? ディアナにはこちらの様子が見えないように、ザシャが闇で覆って居たんじゃないのか?

 だが、よく見てみると、俺たちの周りを大きく闇が囲っているのは見えるのだが、先程までディアナたちが居た場所に、闇の覆いが見当たらない。


「ザシャ。ディアナたちには見えないようにしていたんだよ……な?」

「……あっ! いやー、外側に展開し直した時に、ディアナの周りのが消えていたみたいだ。あっはっは……」

「いや、笑っている場合じゃないんだが……」


 一体どうやって誤魔化そうかと考えていると、何故かディアナが服を脱いでいた。


「詳しいルールは分からないけど、二人で全裸になってピョンピョンするんだよねー? とりあえず、何をしているのかは見て覚えたから、やってみよー!」


 無邪気に女性陣の真似をしようとするディアナに服を着させ……というか、全員の衣服を整えさせると、ザシャが疲れたと言って闇の覆いを解除する。

 すると、天空と騰蛇の戦いに巻き込まれた、家だったであろう消し炭が、そこかしこにあった。

 まぁファビオラたちを襲おうとしていた奴らだからな。

 悪いが同情の余地はない。

 幸い全員逃げ切ったようで、死人などは居なさそうだし、良しとしよう。

 そんな事を考えていると、何処からともなく豚耳の獣人の男性が一人で向かって来た。


「アンタたち、無事で良かった」

「貴方は……この村で最初に声を掛けてくれた人か?」

「えぇ。女性を大勢連れていたので、きっと村人たちに襲われてしまうと思い、出ていくように言ったのですが……言葉足らずですみませんでした」

「その、こちらこそ村長の家を燃やしてしまって、すまない」

「いえ。遠くから眺めていた感じだと、襲われた事に女性が怒って、こうなったんですよね? それならば自業自得だと思います」


 天空と騰蛇は襲われていないのだが……説明が難しいのと、襲われたのは事実なので、このままにしておく事に。


「ところで、女性を連れていると、どうして襲われると思ったんだ? 普通は、そんな事にはならないと思うのだが」

「これにはちょっと事情がありまして……」


 そう言って、豚耳族の男性が事の経緯を話し始めた。

 何でも、元々は女性も男性と同程度の人数が居る、普通の獣人の村だったらしい。

 ところが、十年程前に突然女性が忽然と姿を消してしまったと。

 十年間、村の女性を探し回ったが、誰一人として見つからない。

 その結果、独身の男性は村を去り、既婚男性だけが妻を待って村に残った。


「……で、十年間女性を見ておらず、かつ性欲の強い豚耳族の男たちが、大勢の女性を見ればどうなるかは、容易に想像出来ましたので」

「なるほど」

「私は、妻を探しに別の街へ行ったついでに、お店で……げふんげふん。まぁその、そういう事情でこうなってしまったんです。申し訳ありません」


 この男性は村長たちの行為に関わっていないものの、村と種族を代表して謝罪すると言い、ファビオラたちがもう大丈夫だと言ってくれたので、ひとまず不問とした。

 しかし、忽然と女性が姿を消したというのは、何だろうかと考えていると、先程の獣人が離れたところで、


「おそらく……これは太陰の力。太陰は隠す事を司る者なのじゃ」


 ミオがとんでもない事を言いだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る