287.言いたい奴には言わせとけ(2)

 危険だと騒ぐ騎士を無視して、奥へ入る。銃撃戦の音はなく、ざわついているが戦闘中ではなかった。宿舎内は暴れた跡が見られるものの、武器は使わなかったらしい。殴られた傷を手当てする騎士はいても、切り傷や銃創によるケガ人はなかった。


「何があった?」


 難しい顔をして尋ねる元将軍ベルナルドに、手当てを終えた士官が敬礼する。明らかに胸元の勲章やら飾りが多い役職付きだった。


「はっ、傭兵どもが騎士団に難癖をつけ、攻撃して来ました」


「はい、アウト」


 ぼそっと呟いたクソガキ様に怪訝そうな顔をした騎士だが、ベルナルドは頷いてオレの前に膝を突いた。


「元部下が申し訳ございません」


「ここにいても仕方ない。傭兵の官舎を見に行くよ」


 踵を返した途端、何故か焦った声を上げる騎士がいた。先程の士官らしき男ではない。まだ若い男は、かなり派手に殴られていた。事情を知る中心人物かな。でもコイツらに話を聞く必要はなかった。


 嫌な予感がする。それが当たっていたら、騎士を連れて行くのはやめよう。代わりに傭兵連中を連れて行く算段をしながら歩き出した。


 近づく傭兵の官舎に変化はない。出かける前と同じに見えた。だが……入り口の扉が壊れている。蝶番部分が外から破壊され、内側に扉が押し込まれていた。外からの襲撃で間違いない。


 玄関から中を覗くと、食堂兼リビングとして使っている広間がある。そこには数人の傭兵達が休んでいたが、慌てた様子でオレに駆け寄った。


「ジークムンドは? それと状況説明が欲しいんだけど」


「ジークは悪くねえ」


「そうだ! 連中が先に」


「……二度言わせる気か?」


 むっとした顔で言い訳を遮る。多少魔力で威圧してやったら、青ざめて奥の部屋に駆け込んだ。あっちはジークムンド班の個室がある方か。逆側は浴室など水回りや物置だ。オレとジャック班は二階だった。近くの椅子を引き寄せて座ろうとしたら、背もたれに大きな亀裂が入っている。


「派手にやったなぁ」


 被害はどのくらいだ? 唸るオレの前に、ジークムンドが駆け込んできた。無傷なのは流石だ。後ろに数人が包帯がわりの布を巻いて、ちらちらとこちらを窺っていた。


「ボス、これはっ、その」


「後ろのケガ人に、これ使って」


 まずは絆創膏もどきを大量に積んだ。表に出ず自室にいるがケガをしてる連中がいれば、配るように命じておく。頭を下げて礼を言ったジークムンドを座らせた。


 向かいの椅子に亀裂がないか確認して腰掛ける。ベルナルドは着席を拒否して、後ろに立った。まあ、好きにしたらいいよ。


「状況報告してくれる?」


 説明でも言い訳でもなく、報告を求める。ひとつ息を吸い込んだあと、ジークムンドは口を開いた。


「ボスが出掛けてから数回、騎士による嫌がらせがあった。食料庫から調味料が消えたり、搬入予定のパンが差し止められる程度だ。だから無視した」


 嫌がらせと判断する材料があったんだろう。頷いて先を促す。ぐしゃりと髪を乱したジークムンドは、迷惑をかけたことを詫びるように肩を落とした。熊のごとき巨体が、普段より小さく見える。


「確かに嫌がらせだな」


 出かける前にきっちり手配したパンを止めただと? あとで犯人はお仕置きだ。オレが賛同したので、安心したのか。ジークムンドの表情が少し明るくなった。


「騎士団の若い奴が早朝訓練に乱入した。気づいたユハの報告で、俺が殴って追い出したんだが……」


 不自然に語尾を濁す。この辺で一悶着あったか。


「仲間を連れて戻ってきた、だろ?」


 大体やりそうなことの見当は付く。騎士団の宿舎とこっちの官舎の惨状を比べれば、およその状況が掴めてきた。トップが不在なのをいいことに、優遇されている(と騎士達が思い込んだ)傭兵へケンカを売った。


「……我が君、よろしければ騎士団の方はお任せいただきたく」


「待って。元将軍が出張ると、また揉める原因を作るからね。すべての被害報告をそのままシフェルに渡すのがいいと思うけど、どう?」


 緊張した面持ちながら、ベルナルドは反対しなかった。つまりそういうことだ。シフェルの仕返しの方がハードって意味……オレも身に染みて知ってるからな。ジークムンドに被害を一覧にして書き出すよう命じ、オレは様子見している連中に声をかけた。


「それじゃ、手の空いてる奴は手伝ってくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る