121.昨日の敵はもう仲間(2)

 レイルからの通信で、準備が整ったことを知る。官舎は元々オレが訓練を受けるために住み着いた建物だ。一時的に雇った護衛や傭兵連中を、他の兵士と区別する目的で建てられたらしい。おかげで場所は外も外。整えた芝の庭があり、その先は宮殿を囲む大きな森が広がるほど、外縁に建っていた。


 おかげで外から人を招いても気付かれにくい。二つ名の一端を担う赤い短髪のレイルがふらりと顔を見せた。彼のもつネットワークを使えば、宮殿内でも侵入は容易だ。それでも招待状を出したのは理由があった。


「元気? ちゃんとご飯出てる? シン」


 すこし窶れた気がする。そう思って尋ねれば、青年は苦笑いして頷いた。レイルに頼んだのは、ある人物の運搬だ。ここに居てはいけない青年は……特権階級の頂点に立つ、いまのオレにとって重要な存在だった。


「……食べているが、お前の料理よりまずい」


「あ、それは悪いな。オレの管轄じゃないけど、近いうちに手を打つよ」


 味の改善要請って、ウルスラの担当であってるだろうか。まあ捕虜に飯を食わせるだけ良心的なのだが、唯一の楽しみである食事がまずいのは申し訳ない。しかもシンは王太子殿下だし?


 美味しい食べ物に慣れた舌は、簡単に粗食に馴染めないだろう。オレだったら暴れる事案だ。部下を大切にする王子様に、これ以上我慢させるのは気の毒だった。


 驚いた顔をする北の国の王太子に、くすくす笑うレイルが声をかけた。


「だから言っただろ? 文句の一つ二つ気にしないって」


「そりゃそうさ、オレは北の国を利用させてもらうんだぞ。大切な切り札だもんな〜」


 意味ありげに話を振るオレに、シンは苦笑いした。


「私だけでなく、部下も助けてくれるなら……安いものだ」


「取引成立!」


 笑顔でオレはシンと握手を交わした。異世界人という不安定な地位の足元に、しっかりした土台が出来た。


 傭兵達を信頼しているが、この取引の意思確認は地下室で行った。オレの訓練初日に壊した地下室の隣の部屋だ。


「折角だし、みんなに差し入れ。収納使える?」


「ああ」


 頷いたシンの前にパンに挟んだウィンナーを並べて受け渡す。大量の食料は、北の国の捕虜みんなの分を用意した。ノア達にも調理の手伝いを頼んだので、ジャック班に事情を説明してある。この世界でオカンとオトンしてくれる奴らだから、隠し事は要らないだろう。


「ありがとな、レイル」


 お礼を言うといつもそっぽを向いた。感謝しろと騒ぐくせに、本当に感謝すると照れて無言になるところが好ましい。人馴れしてない野良犬感あるよな。


「ところで、巻き込まれて得をする私が言うのも何だが、キヨヒトはどうして手を差し伸べた?」


 普通は切り捨てる、そう告げるシンヘにっこり笑って答えた。


「オレのいた世界じゃ、昨日の敵は今日の友って言葉がある。もう仲間だろ」

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