122.準備中も気を抜かないのが一流(1)
あまりにも平和に数週間が過ぎた。この世界に来てから、分単位のスケジュールで動いてた気がする。戦ったり誘拐されたりしないだけで、すごく平和だった。まあ、早朝の戦闘訓練やお勉強はあったのだが……生き残ってきた環境が厳しすぎて生温く感じる。
欠伸をして、午後の昼寝を満喫する。庭の大木は根元まで芝が伸びて、気持ちよかった。そこで眠るつもりで腰掛けると、隣に現れたヒジリが背もたれのようにオレを毛皮で包む。チビドラゴンとミニチュア龍が腹の上に乗って、両手をそれぞれに奪って撫でさせた。
木漏れ日が心地よい。うとうとするオレの足に、青猫が乗った。重いんだが絶妙な感じで痛くはない。ぎりぎりの重さはブラウなりの気遣いだろう。両手も足も動かせず毛皮に巻かれたオレは目を閉じ……ゆっくりと呼吸の回数を落とした。
ざわざわと葉の擦れる音が響き、意識がどこまでも届く。感知能力が高いオレの周囲が半透明の立体となって、頭の中に構築された。これは北の王太子であるシンに教わった技術だ。彼の国は昔の日本に少し似ていて、陰陽師みたいな術が残っていた。
王族に伝わる秘技らしいが、平安の陰陽師より平成の立体カーナビの方が近い。半透明の風景の中に、歩く人影がいくつか投影された。教わって数日は暴走して、トイレの中にいる奴をリアルに透視したり、連れ込んだ女とアレコレしてるところを覗いてしまったりした。加減が難しいのだ。
最近は眠っていても術を操れるようになり、相手のプライベート空間に無断侵入する回数は減った。まあ相手は気づいていないのだけど、顔を合わせた時に恥ずかしいじゃないか。
瞑想に近い精神状態で、刺々しい感覚に気づいて意識を向ける。近づいてそこをズームする感覚は、スマホを操るときと似ていた。指先でその部分をぐいっと広げて拡大するイメージだ。異世界の生活で使用した感覚は、膨大なイメージとなって残っている。
異世界人がこの世界で強いのは、魔法をイメージで使うためだろう。イメージが豊富な異世界人は、この世界で不可能とされた事象や考えつかない状況を、非常識な魔法で打破してしまう。しかしその技術がこの世界に定着しないのは、イメージを明確に相手に残す方法がなかったと考えられた。
だってスマホが存在しない世界で、相手に的確にスマホの使い方やアプリで出来ることを伝えるのは無理だ。同じ世界のお年寄りに説明するのだって難しいんだから。
棘に似た違和感へ集中した意識へ、攻撃的な思考が突き刺さる。相手の考えを読むほど便利で万能じゃないが、強い感情は形や色となってオレに伝わることがあった。棘はオレを排除しようとしている。
「……ん」
眠っている身体が殺気に反応してぴくりと動く。しかし指先にコウコが擦り寄り、声をかけた。
『主人、もうブラウが向かったわ』
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