122.準備中も気を抜かないのが一流(2)

 その言葉に口元が緩む。僅かな微笑みに、コウコは再び身を伏せた。重かった足からブラウが下りる。影になった左足にざわりと毛の感触が触れて、影に潜ったブラウが消えた。半透明の世界では追えている。すたすたと地上のように歩くブラウの位置は低かった。


 オレが知る知識に当てはめると、地下道を歩いてる感じだ。ただ真っすぐじゃなく、好き勝手に敵へ向かって最短距離を進んでいく。そしていきなり何もない場所から頭を出した。


 聖獣のこの影を渡るシステムは、ぜひ解明してみたいものだ。理由は簡単で、使ってみたいから。ヒジリの説明によると遠く離れた場所でも、一瞬で移動が可能だとか。もし使えるようになれば、某猫型ロボット並みの便利さだ。


 棘の生えた歪な球体を、ブラウの猫パンチが襲う。蹴飛ばして両足で潰し、最後に咥えて影の中に引きずり込んだ。この時点で犯人は死亡確定だ。死体以外は移動させられないと聞いたので、これは間違いない。


 距離が近づいたところで、欠伸をして身を起こした。両手に絡みついていたスノーとコウコがそれぞれ肩や腕にしがみ付く。彼らは重さを調整してるらしく、今までに重くて肩が凝ったことがないのはありがたかった。


 ずるりと人の手が現れ、その手に握られたライフルを先に拾った。ヒジリはちらりと目を開けたが、またすぐに伏せてしまう。ただ耳は動いているので、熟睡したわけじゃなさそうだ。警戒してくれるヒジリの頭を撫でて座り直した。


『僕は狩りの上手な猫だからね』


 得意げに捕まえた獲物を放り出す。猫が獲物を飼い主に差し出すのは(以下略)、まあ飼い主には無理だろうと同情した結果だという。このメンバーで最強はオレだと思うけどな? 何しろ異世界知識がチート過ぎた。それでも猫の顎の下を撫でて労うのは、実家で猫を飼ってたからだ。


 猫は意外と単純な思考をするので、褒められるとまた獲物を捕まえてくる。家に入り込むネズミを始末するため、何度も褒めて覚えさせた過程を思い出した。ブラウも躾ければ、オレの敵を狩るお利口さんになれるかも!


「上手に狩ったな」


 言葉にして褒めれば、不満そうにヒジリが唸る。得意げな顔で胸を反らす青猫が、ごそごそとオレの膝に乗ってきた。小型サイズなので問題はないが、絶対にヒジリを煽る目的だと思う。ところが予想外にも、スノーやコウコも煽られた。


『主様、私にも獲物を』


『狩りなら、あたくしだって』


「……なにこれ」


 頑張った子を褒めたら、別の子に噛みつかれました。物理じゃなくてよかったけど、コイツらの考えがイマイチ理解できない。楽して主と昼寝してたら、そっちの方がよくない? オレなら昼寝取るけど。


「わ、わかった。順番を決めよう。今回はブラウだったから、次はコウコ、スノー、ヒジリの順番で敵を狩る」


 気分は保育園の保父さんだった。幼い子供に言い聞かせ、遊ぶ玩具の順番を守らせるのは重要なお仕事です。ええ、そりゃー園児が世界を崩壊させられる実力者だった場合、ここで手を抜くと痛い目見るのはオレだ。


『いいわ、次はあたくしの実力を見せて差し上げてよ』


 嬉しそうに身をくねらせるコウコに対し、スノーは複雑そうな顔で呟いた。


『私が次じゃない理由をお伺いしても?』


「ん? 拾った順番だよ」


 なんとなくだったので、明確な理由はない。取ってつけた理由だが、スノーは納得してくれたらしい。だが今のセリフに引っ掛かった奴がいた。言わずと知れた黒豹様だ。ヒジリは1番手だったから、最後なのはむっとしたらしい。


「ヒジリ、真打は一番最後に登場するものだぞ」


 背中の毛皮に寝転がり、首を抱き寄せて囁く。それだけで機嫌が直った。ゆらゆら揺れる尻尾がその証拠だ。左右にゆったり揺れる黒い尻尾と、得意げに緩んだ口元。耳の付け根を掻いてやると、空いた手を齧られた。


 久しぶりの噛みつきだが、すぐにヒジリの唾液で治癒される。慣れてきたのか、前ほど痛くないのが複雑だった。オレ、M調教されてね? 

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