127.赤くすればいいんだよな?(3)
さらに当事者であるおっさんは別の受け止め方をした。曰く「人がいるのに危ないじゃん。招待されたから来たのに、こんな風にケンカ売られるなんて怖い」程度か。つまりオレが怯えたように感じて図に乗るはずだ。頭に血が上った人間の状況判断能力は下がり、自分に都合のいい妄想に浸りやすくなるから。
「侯爵家に逆らうからだ」
ふんぞり返って得意げな男の態度から、オレが掘った墓穴に足を突っ込んだことが知れる。
忘れてるかもしれないが、オレの斜め後ろにいるのはヴィヴィアン嬢――メッツァラ公爵家令嬢にして、あのシフェルの妹姫だぞ? あんたが放ったナイフはオレが止めずに避けたら、公爵家のお姫様に直撃コースだった。下位の侯爵が上位の公爵令嬢を傷つけたら……どうなったんだろうな?
にやりとするが、これはさすがに実行しない。シフェルも怖いが、ヴィヴィアン嬢に一生モノの傷をつける気はなかった。もちろんヒジリの力で治癒できたとしても、だ。やっぱり女性に傷はよくないし、痛い思いさせるのも気の毒だし。
「……スレヴィ兄様の配下は、本当に使えないクズばかりね」
妹だからこそシビアに2人の兄を見比べてきたヴィヴィアンの小声は、氷点下の冷たさだった。飛んできたナイフも避けるつもりがない。この覚悟と思い切りの良さは、間違いなくシフェルと血を分けた妹だ。同じ髪色と瞳がなかったとしても確信できた。性格がそっくり……。
「姫、危険ですので少しお下がりください」
ヴィヴィアンが心得た様子で後ろから横へ数歩動く。これで彼女にケガをさせる確率が格段に減った。青猫がひとつ欠伸をして床の上で丸くなる。
「気取りやがって」
びびってるくせにと副音声付きで、男が飾りの短剣を抜く。正装の際に持ち込める武器は短剣のみ。騎士だけが長い剣や銃を持てるが、オレは手ぶらで来た。飾りの短剣すら持たないのは……立場による理由がある。それに気づける男なら、こんな場所でオレにケンカを売らなかっただろう。
「っ……」
まっすぐに突き出された短剣の刃を、ぎゅっと左手で掴んだ。相手が投げたわけではないので、弾いて受け止めるわけにいかない。当然だが刃を掴んだ左手は切れて血を滴らせた。見た目カッコいいけど、想像してたより痛い……凹むわ~。
『主殿に何をする……』
「やめろ、ヒジリ」
唸る聖獣に目配せして下がらせた。不満を訴えるのはヒジリだけではなく、肩や腕に乗るコウコやスノーも鱗を逆立てたり威嚇し、襲い掛かりそうな態度を見せる。
「ざ、ざまあみろ」
まさか避けずに握ると思わなかったらしく、声が上ずっている。それでも虚勢を張る姿勢は敵ながら感心するが、理由もなく刃を掴んだわけじゃない。血が垂れる真下へ、右手のグラスを近づけた。ぽたり、ぽたり……赤い血が混じるとグラスの中がロゼに変わる。
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