127.赤くすればいいんだよな?(2)

『……違う名称であったか?』


「うん?」


 2人して不思議そうに顔を見合わせていると、挨拶を終えた侯爵が立ちはだかった。


『主殿、だ。これがクラーケンぞ』


「ああ、なるほど。クラーケンじゃなくて、クラッケンね」


 漫才をするつもりはなかったが、結果的に周囲を大爆笑させてしまった。斜め後ろのヴィヴィアン嬢なんて扇で隠し切れない笑みが、零れるどころか溢れている。先ほどのテナガザル系の男に続き、赤い顔で憤慨するおっさんが叫んだ。


「名誉ある我が家の名をあざけるとは!」


 無礼打ちにしてくれる! みたいな勢いで喚いた男へ、ヒジリが淡々と切り返した。


「間違えたのは我ぞ、何か不満か」


 皇帝陛下より地位の高い聖獣様のお言葉に、クラーケン侯爵 (やばい、この呼び名受けるじゃん)が焦って手を振った。いやいやそんなことは……みたいな言い訳を繰り返す。


 このままでは地で笑いを取れる黒豹に見せ場を奪われそうだ。オレの貴重なの邪魔するなんて、困った聖獣だな。擽って黙るよう合図すれば、ヒジリはあっさり口を噤んでくれた。


 まだお貴族様の挨拶が終わりそうにないのを確認し、再びクラッケンに向き直る。確か下の名前がオットットだったか。間違えると失礼になるから、ちゃんと思い出さないといけないが……なんだか記憶が怪しいので名前には触れないで行こう。


「下位の辺境伯風情が、上位の侯爵家に無礼な態度が許されると思うなよ!」


 笑われたことに怒り心頭のおっさんが、伸ばした手に触れたカトラリーを投げつける。先ほどの腕輪と違い、ケガ人が出そうなので数歩飛び出して受け止めた。飛んできたナイフを左手の指先で弾いてから受けるが、右手のグラスの中身は零さない。うん、スマートに決まった。


「おお!」


「さすがは英雄殿」


 感嘆のセリフに申し訳ないが、レイルから飛んでくるナイフに比べたらなまくらもいいところ。スピードも遅く、先が丸く手が切れないナイフなんて相手にならない。受けたナイフを手首の捻りひとつで近くの皿の巨大な肉に突き刺した。


「他の人がいる場所で、武器をオレに向けたよね? オレは宮廷に招待されたんであって、戦いに来たつもりはないんだけどな」


 これは受け止める人間によって聞こえ方が異なる言葉遊びだった。シフェルやリアムが聞けば「よくもやりやがったな。お前みたいに招集されたんじゃなく、招待された客だぞ? 喧嘩売るとはいい度胸だ」をお上品にした反論が並ぶ。しかし何も知らない貴族にしたら「もし人に当たったらどうするの。戦うつもりなんてないのに」と可愛い表現に受け止めただろう。

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