282.アホを煽る簡単なお仕事(3)

「かしこまりました。中央の国近衛騎士団長シフェル・ヴァロ・メッツァラ。公爵位を賜っております。こちらが近衛騎士副団長にして我が妻のクリスティーン・ミーア・メッツァラと申します」


 夫婦でにこやかに一礼した。あのさ、この世界って出世魚みたいに名前が増えるんだな……ぼそっと呟いたら、パウラが事情を教えてくれた。貴族家でも個人名と家名のみだけど、当主とその妻はミドルネームみたいなのが増えるらしい。やっぱり出世魚だった。


 同じ公爵でも国の規模が違う上、メッツァラ公爵家は中央の公爵家の中でも筆頭だからな。ここは完全にこちらのターンなので、控えていた護衛のベルナルドが進み出る。侯爵家の前当主、伯爵家のご令嬢、椿旅館のオーナー、ここまで名乗りが終わったところで止めを刺す。


「中央の国、皇帝ロザリアーヌ・ジョエル・リセ・エミリアス・ラ・コンセールジェリン陛下。お隣は、婚約者にして北の国の第二王子キヨヒト・リラエル・セイ・エミリアス・ラ・シュタインフェルト殿下でございます」


 北の国の一公爵家当主程度が、図々しんだよ。そう告げるシフェルの口調は完璧だった。慇懃無礼さと、見下したような態度……嫌味がさく裂してる。そういや、このおっさんはどうしてこんなに偉そうなんだ? 北の国は貴族が増長して王家を押し込んだと聞いたが。


 中央の国との同盟が結ばれた辺りから、シンがあれこれと手を回して貴族つぶしをしてるはずだ。レイルも協力しているし、王族の数も最低限確保されていた。そんなに貴族が増長する原因が見当たらない。中央の国へ戦を仕掛けた際の事情をもう一度聞いた方がよさそうだ。


「ご、ご無礼を……」


「本当に無礼であった」


 普通なら「いえいえ、こちらこそ」みたいな挨拶があるところを、リアムが一刀両断にした。冷や汗をかくおっさんが、よほど腹立たしかったらしい。オレの方が冷静かも?


『主殿、この獣は仕留めても構わぬ獲物か?』


 ヒジリが物騒な発言をした。聖獣の言葉なので誰も遮れないのをいいことに、コウコがぱしんと尻尾で床を叩く。苛立った猫みたいな仕草なのに、建物が揺れたぞ。


『あたくしの主人を貶めるんですもの。さぞ偉い肉なんでしょうよ』


 獣、獲物、肉……呼び方がひどいけど、同情の余地なし。


『僕、人間を味見したい』


 スノー、怖い発言をするんじゃありません。そのチビドラゴン姿じゃ迫力はないが、大きなドラゴンで牙を剥いて喋ったら……3日間の飯抜きにするぞ。うちの子達は主人思いだな。ブラウとマロンがいなくて良かった。忠義心が厚いマロンは襲い掛かりそうだし、ブラウは『楽しそうだから』程度の感想でアホな公爵に猫パンチくれる予感しかない。


「落ち着けって。こういうのの処理は、シン兄様……お兄ちゃんにお任せだろ?」


 途中で呼び方を変えると、シンの表情がきらきらと輝いた。嬉しそうな顔で「任せろ、お兄ちゃんがきっちり息の根を止めてやる」と暴言を吐く。お前、一応王位継承権一位の王太子殿下だからな? 聖獣が殺すより、人間同士の刑罰の方がいいかと思って選んだ選択肢は――どうやらデスノートに名前書くくらいの即効性があったようだ。


「シンじゃなくて、王太子殿下。断罪は少しお待ちください。新たな罪状の追加がありそうです」


 にやりと笑うレイル。向こうに不利な情報を得たらしい。機嫌よく赤いピアスを弄る指先が、オレを指さすように揺れた。結界を張れって? 言われなくても普段から張ってるよ。肩をすくめたオレの結界に、キンと何かがぶつかった。

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