112.勝手に肩書きが増えた(2)

 口をパクパクさせるが声にならず、抗議する間もなく納得されてしまった。


「いえ。役目ですので失礼いたします」


 確認を終えたことで納得した近衛兵が敬礼してUターンする。踵を返すときの身のこなしがカッコいい。あれは真似したいな……現実逃避したオレは溜め息をついて現実に戻ってきた。


 異世界人で、二つ名が死神。皇帝陛下の秘密の婚約者になり、ドラゴン殺しの英雄も兼任。肩書きは売るほどあるぞ。


「あのさ、肩書き増えたの? なに、そのダッシュトイレ侯爵って」


「アシュレイ侯爵です。直系は途絶えましたが、名家めいかですよ」


 笑いながらシフェルに訂正される。確かにトイレへダッシュはないわ、うん。


『主殿』


 足元にのそりと入り込んだヒジリが立ち上がり、体重をかけてオレに寄りかかる。重いと文句を言おうとした口がべろりと舐められた。慌てて口を閉じるが間に合わず、生臭い舌で散々口を蹂躙じゅうりんされる。


「う゛……ヒジリのばかぁ」


 治癒で治ったはずの吐き気に襲われる。間違いなく二日酔いじゃなくて、生臭さのせいだからな。目眩や頭痛も含めて、舐められなかった鼻血も収まっている。そこは感謝するが他の治癒方法を考えて欲しかった。


「リアムぅ……」


「仲がいいな。羨ましいぞ」


 恋人に助けを求めたら、笑顔でとどめを差される。リアム達この世界の住人にとって、聖獣の噛み痕は誇りらしい。その理論でいけば、聖獣とのベロチューも愛情表現として微笑ましい光景なのかも知れない。オレには罰ゲームだが。


「聖獣様にをもらっていたぞ」


 ベロチューは祝福扱いか? コイツ、肉食だから臭いぞ。


「すごいな、聖獣様も初めて見た」


「4匹も契約したらしい」


「なんだと?!」


 大騒ぎする兵士達の声を背に受けるオレは、癒しを求めてリアムに抱きついた。しかし手前でシフェルに邪魔され、なぜかシフェルの腕に抱きつく格好になった。


「くそ……馬に蹴られてしね!」


 人の恋路を邪魔する奴は蹴られちゃうんだぞ。そんなことわざはこの世界で通用しなかった。


「意味は分かりませんが、悪口なのはわかりますよ」


 ぐいっと両方の頬を掴まれ、無理やり引っ張られた。


「ぃひゃい〜。はなへぇ!」


「そのまま聞いてくださいね。昨夜、あなたが外で酔っ払っている間に勲章と爵位の授与がありました。今朝起きた時点で、あなたは侯爵家当主です」


 びみょーんと伸ばされた頬をなんとか取り戻し、ひりひり痛い頬を両手で覆った。せっかくカミサマに美形にしてもらったのに、残念な顔になって戻らなくなったらどうしてくれる気だ?

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