112.勝手に肩書きが増えた(3)

「お昼をご一緒しましょうか。その際に説明します」


「あ、今日は無理。オレが食事当番だもん」


 右手を上げて無理無理と手を振る。驚いた顔で固まるシフェルを置いて、リアムににっこり笑いかけた。


「リアム、オレが作るけど食べる?」


「うん」


 素直でよろしい。手を繋いで歩きかけたオレの襟を、シフェルが掴んだ。身長差があると、こういう時に逃げづらい。じたばたするオレの腕にコウコが絡まってきた。暴れるオレと掴むシフェルを交互に見た後、金色の瞳を細めて尋ねる。


『主人は困ってるの?』


「困ってるけど、焼いたり焦がしたりしなくていい」


 いくらシフェルが頑丈そうでも、聖獣に焼かれたらこんがり狐色に焦げそうだ。真っ黒な炭にされても寝覚めが悪い。きっぱり断ると、ひとつ欠伸をしたブラウが『嫌よ嫌よも好きのうち』と誤解を招く言い方をしたので、尻尾を踏んでおいた。


 ペットの躾は飼い主の仕事だ。


 スノーは影の中から出てこない。虐待だと騒ぐブラウは、黒豹が影に沈めてしまった。何をどうしたのか、青猫は顔を見せない。影の世界の法則はわからないので、放置することにした。


「それで?」


 シフェルに視線を向けると、ようやっと床に下ろしてくれた。医務室で騒いでるが、これって迷惑だろう。使う予定の奴が困ってるはずだ。部屋に皇帝と公爵と侯爵(にわか)がいたら、傷薬をもらいに入るのは勇気がいる。


「私の誘いを断って、傭兵の食事当番ですか? それも陛下を連れて?」


「何が問題なんだ。オレの班は『働かざる者食うべからず』が原則で、指揮官にも食事当番があるぞ。しかもオレの料理は人気があるから、掃除当番は免除してもらった」


 どやあ! 胸を張って威張ってしまう。野宿の時から安定の料理番だからな! 斬新な前世界の料理知識と日本人ならではの繊細な味覚を活かした味付けは、おそらく新革命を巻き起こすぞ。


「はぁ……」


「なに間抜けな声出してんだよ。それでリアムの料理をオレが作って、オレが味見……じゃなかった。毒見してから食べさせれば問題ないだろ」


「問題だらけです」


 きっぱり否定されてオレは首をかしげた。どこに問題があるんだ? シフェルも一緒に食べたいなら、そう言えば良いのに。


「なんだ、お前も誘って欲しかったのか」


「……違いますが、もういいです。そちらにお伺いします」


 おバカを諭すような口調で額を押さえる近衛騎士隊長に、傭兵達がざわめいた。傭兵用官舎の食堂に、皇帝陛下と近衛騎士団長が来る。大急ぎで走り出したのはノアだった。慌てて追いかけるサシャ、ジークムンドも部下の半数に命じて帰した。


「すぐに隅々まで掃除しろ!!」


 その号令に、男所帯で散らかりまくった食堂の状況を思い出す。そうだった、誘う前に掃除はマナーでした。

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