338.裁判なんて要らない(2)

「そんな、つもりじゃ……」


 なかった? 言葉に詰まったリアの黒髪を指で梳いて、顔を近づけて毛先にキスをする。


「リアが死んだら、オレも死ぬよ。だから二度とこんな無茶しないで。約束してくれる?」


 一度死んだら二度目も大差ない。重い気持ちを軽い口調で告げた。大粒の涙を流したリアが頷く。その拍子にまた一粒こぼれ落ちた。


「同じ毒を使った叔父が犯人で確定したのはいいけど、これでリアの周囲の敵は片付いた?」


「残りは騎士団で片付けます。キヨ……いえ、キヨ様。これからはあなたが指揮を執るのですよ」


 片膝を突いたシフェルの髪がさらりと肩を滑った。背で結んだ紐が解けたらしい。ブロンズ色の珍しい髪色の騎士、オレにとってライバルで、届かない高みにいると思っていた。それが友人となり肩を並べ、今度は主従になるのか?


 面倒くせぇ。


「今まで通りキヨでいい。指揮を執るときの敬称は任せるけど、普段と同じじゃないと背筋がぞくぞくする」


 居心地が悪いと笑えば、シフェルも顔を上げた。苦笑いする彼が小言を繰り出す前に、じいやに話を向ける。


「それで、じいやはどこまで知ってるの?」


「皇帝陛下の叔父上が犯人か確認するために誘き出す。その相談をセバス殿からいただきまして、ご協力しておりました。有能な執事殿は警戒の対象になっており、部屋から出されることは承知の上でした。私が残れば、彼の役目を私が果たせますので」


 にっこりと笑う。セバスさんの代わりにリアを守るつもりだったらしい。じいやは強いし、しっかりしてるけど。


「事前に知ってたら教えてくれよ」


「申し訳ございません。命を懸けたご相談は、主君といえど簡単に明かすことは出来かねます」


「言い分はわかる」


 セバスさんは、何かあったら自分の命を捨てて追うつもりだった。その決意を無駄にせず、同時に助けを呼ばせる方法……考えた末の行動だよな。


「私がすべて悪いの。だから」


「リアにも罰を考えてる。お兄さんの思い出話をしてよ。楽しかったこと、優しかったこと、そんな話でいいからさ。家族のことを話して欲しい」


 もういない家族の話を、リアは封印してきた。それをオレに聞かせて欲しい。思い出すと辛いかもしれないけど、このくらいの罰はいいよな? オレに話して共有すれば、いい思い出も出てくるだろう。心の傷をそれで埋めたらいい。


 頷くリアの頬にキスをして、オレは立ち上がる。男が部屋にいたら休めないもんな。


「リアはゆっくり休んで。あのおっさんの処分を決めるのは、リアが起きてからにする。オレやシフェルも休むから。あの異世界人は2人とも別の世界に送り付けたし、二度と襲ってこないから安心して」


 忘れてたようだが、オレとシフェルは戦場帰りだ。そちらの戦果も口にして、変質的なタクヤや攻撃色の強いトップを片付けたことを知らせる。ホウレンソウは大事です、うん。


 シフェルを促して騎士団の基地へ向かう。もう基地でいいよな、寮と仕事場が隣り合わせだし。


「キヨ、裁判を行う気ですか?」


「いいや? だって有罪なのに必要ないじゃん」


 前皇帝陛下の暗殺と、現皇帝陛下への暗殺未遂。ついでにオレやシフェルもいたから、皇族と公爵家当主で騎士団長への毒殺未遂も追加だ。竜殺しの英雄は国の宝なんだろ? 殺そうとしちゃダメだよな。罪を認定する裁判は必要ない。


「罰の重さだけ決めればいいさ」


 にやりと笑ったオレに、シフェルは肩を竦めながらソファを勧める。素直に座ったオレの前を、副団長のクリスティーンが足早に通り過ぎた。これから皇帝陛下であるリアの警護につく。手を振って見送り、膝に頭を乗せる黒豹を撫でた。


「罪を確定する物証が……」


 ちらりとヒジリを見たシフェルは、毒を捨ててしまったと思ったのだろう。そんなわけないじゃん。大切な証拠だぞ。ちゃんと保管してるっての。

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