338.裁判なんて要らない(1)
繋いでいない方の手を伸ばして黒髪を撫でる。泣き疲れた彼女が眠ったところで、侍女が人肌ほどの湯に浸したタオルで頬を拭った。それから少しずつ温度を下げて、目元が腫れないように包む。こうしてみると、侍女の仕事って気遣いの連続だよな。じいやもそうだけど、人の面倒を見る仕事の人を尊敬する。
見守ること30分程。リアが目を開いた。見回してオレと目が合うと、シーツを顔の高さまで引き上げる。口と鼻まで覆う形だった。わずかに目元が見える。叱られる覚悟を決めた子どもみたいで、なんだか微笑ましい。
「リアは、どうしてオレがいない時を選んだの?」
「……」
黙ってしまったリアに、責める口調はダメだと自分に言い聞かせた。仕方ない。こうなったらリアに話してもらうより、オレが推論を話して否定なり肯定をしてもらおう。
投獄と自殺防止措置の手配を終えたシフェルが、そっと部屋の中に入った。侍女が出入りするタイミングを利用して、扉の内側に控える。リアへの気遣いだろう。セバスさんも同様にベッド脇に立つ。オレも含めて、男性ばかりになるから侍女が1人、離れずに付き添った。
「リア、間違ってたら教えて」
こくんと縦に動いた頭を撫でて、オレは気づいた違和感から導いた話を口にする。
「オレを呼び戻したのは、断罪に必要だからだろ? セバスさんも承知で呼び戻した。でもオレがいない時に行動したんだよね」
ここがおかしい点だ。困ったような顔をするリアを庇うように、リアの専属執事が口を開いた。
「申し訳ございません。私が独断でお呼びしました。皇帝陛下におかれましては、あなた様にご迷惑をかけられないと申され、内緒にする意向を示されました」
リアはオレとシフェルがいない隙に片付けようと動き、心配した執事セバスさんが救援としてオレ達を呼び戻した。その際に間に合わないことがないよう、リアの名前を使ったんだろう。それならすぐに帰ってくるから。専属執事が「皇帝陛下のご要望だ」と伝えたら、騎士は団長に連絡を取る。迅速、かつ確実に。
セバスさんの判断は結果として正しかった。リアに対しても、あの毒を使おうとしたんだから。
「セバスさんの判断は正しかったと思う。ただ独断で動いた罰は受けてね」
それはそれ、これはこれ。規則は守らないと。
「罰として、プリンを作ってきてよ。食べたい」
驚いた顔をしたものの、セバスさんは一礼して部屋を出た。ここから先は、執事が知らなくてもいい部分だ。
「あのおっさんの毒、お兄さんを暗殺した毒と同じ? そうだとしたら、なぜ今までおっさんが放置されてきたのかな。最近わかったとか?」
これにはシフェルが口を挟んできた。
「毒の種類は、事件当初から特定されていました。入手経路と容疑者が複数あり、犯人の確証だけが掴めなかったのです。そのため、無理をなさったのでしょう」
「一番怪しいと思った叔父を呼び出して、自分の命を囮にしたの? 何かあったら間に合わないのに、オレがいない時を狙って……異世界に放り出されたオレを、リアも捨てるのかよ」
子どもっぽい理論だと思う。極端に言うなら暴論だ。リアにそんなつもりはなく、オレを巻き込み迷惑をかけたくなかっただけ。でも、もし間に合わなくてリアが殺されたら? オレは異世界から戻れないのに。リアがいない世界を長い時間生きていく羽目になる。
蒼く澄んだ目を見開いたリアが、涙を滲ませた。オレも興奮と怒りと混乱で、涙ぐんでしまう。こういう体の反応が子ども仕様なのは、なんだか悔しい。
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