226.遠ざかる土産、頭上の親子喧嘩(2)

 透明結界できっちり防音と唾の飛散防止をした。もちろん付き従うベルナルドも結界内だ。


「音が消えましたな」


「これ、他の奴に教えるとして……いい方法ある?」


 イメージがそのまま具現化した魔法なので、他人に説明するのが難しい。そう告げると手を伸ばして結界をノックしたベルナルドが、脳筋な発言をした。


「経験させるのが一番でしょう」


「……傭兵と同じ結論なんだな」


 いずれその方法で、騎士団や傭兵達に覚えさせるとして……ひとまず上の騒ぎが落ち着くのを待とう。ノアがいれば飲み物を……ん?


 収納へ手を突っ込み、水筒を引っ張り出した。あまり冷たくないと思うので、中に氷を浮かべて冷やすイメージで水筒を振る。からんからんと氷の音がしたのを確かめたところで、ベルナルドが身を起こしてくれた。長椅子に座って水筒を開ける。甘酸っぱい飲み物なら、スポドリもどきがあったじゃん。


 水筒に入れてしまうよう進言したノアに感謝だ。ついでに半分ほど飲んだところで、ベルナルドへ差し出した。恭しく受け取られてしまったが、彼にも飲ませておく。年寄りは脱水症状に自覚がないというから、ジャックやシフェルより気遣ってやらないと。


 コンコンとノックされ、レイルが指先で何か指し示す。その先でジャックは父親に殴られていた。よく反射的に手を出さなかったと感心しながら、結界を解除する。途端に怒鳴り声が聞こえた。


「お前が消えてから、どれだけ……っ」


「だからっ! 俺だって大変だったんだ」


「あのさ……ひとまず、親子喧嘩は後にしない?」


 他国のいざこざに首を突っ込まないスタンスのシフェルは、騒動を放置する。レイルもアウトローだし、北の王族だから下手に口出し出来ない。どちらも立場があるので余計なことをしないのはわかるが、遠回しにオレに役目を押し付けやがって。


 オレだって皇帝陛下の分家の当主だぞ。うっかり親子喧嘩を仲裁した後で、内政干渉とか難しいこと言われたら、軽く城潰すからな。イライラしながら口を挟む。


「悪ぃ。後にする」


 オレの顔から笑みが消えているのを見るなり、ジャックは慌てて謝罪して下がった。笑っているうちは安全だが、オレがキレると表情が消えるらしい。その兆候を見たのだろう。


「キヨ殿、でしたか」


 東の国の宰相が、随分と情報不足ですね。そんな嫌味が出そうになり、ぐっと飲み込んだ。だが完全に我慢できるほど、オレは大人じゃない。


「ベルナルド」


 声をかけて手を貸してもらう。長椅子から立ち上がって、叩き込まれた礼儀作法を総動員して優雅に会釈した。

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