23.聖なる獣って偉いんだってよ(5)

「まあ味や硬さは置いといて、その後はリアムも知ってる通りだ。術で無理やり知識を放り込まれて背中が傷だらけになった。暴走した部下がシフェルとクリスを攻撃しちゃって謝罪したり……それから10日くらいは平和だったな」


 遠い目をしてしまう。最初の5日くらいが死に掛けること複数回のハードな日程だった。そりゃもう、分刻みレベルの忙しさだし。この世界の常識もわかってなかったから、余計に苦労したんだよ。


 リアムがクッキーを口に運び、半分だけ食べて皿に置いた。


「セイ、紅茶のクッキーが食べたい」


 ぱちくり、目を瞬いて動きを止める。小首をかしげて言葉を反芻し、収納魔法の口から自作クッキーを取り出した。このクッキーは大量に作って保管していたため、西の国で貴重な食料になったものだ。残りはだいぶ少ないので、また暇を見て作る必要があるだろう。


 リアムの前の皿に袋から出したクッキーを積み上げた。


「どうぞ」


『主殿、我も』


「はいはい」


 数枚袋に残したクッキーを手の上に乗せて、ヒジリの前に差し出した。猫科の特徴なのか、舐めて持ち上げたクッキーを噛み砕く。髭周りを肉球で拭う姿が可愛くてお気に入りだった。


 基本は実家の猫の大きいバージョンだ。


「魔法や歴史を学んで、計算が出来るので驚かれたりしたけど……3日前に黒い沼で誘拐されて、西の国の自治領に落ちた。沼で溺れたときに魔力を使ったらしくて、やたら眠くて参ったよな。目が覚めたら追われて、捕獲されたわけ。変態っぽい領主にあったけど、あ…貞操は無事だぞ!」


 何故だろう、目頭をハンカチで押さえるリアムの姿に哀れまれている気配を感じる。ついでにクッキーの粉を拭ったヒジリも伏せて顔を押さえていた。


「暗殺者に襲われたから飛び降りたら3階でな、右肩脱臼。縛られてるの忘れてたオレが悪いんだが、首を絞められて『三途の川』が見えたような、見えなかったような。そこでユハが助けてくれて……彼が今回の亡命者だ」


「三途の川……?」


 こっちの世界にはないのだろうか。そういや、宗教の話を説明されたり聞いた覚えがない。さすがに宗教は存在するだろうが、さほど重視されていないのかも知れないな。


「前の世界での表現だな。死に掛けたときに川の向こう側で、すでに死んでるお祖母ちゃんが手を振って「おいで」って招くらしいぞ」


「……それはまた、怖い」


 リアムにはホラーとして認識されてしまった。オレの説明が悪いんだろうか。元が引き篭もり予備軍だから、あまり説明やコミュニケーション能力が高くないので許して欲しい。前世界の文化が正しく伝わらないが、正解を知ってる奴もいないので構わないはずだ。

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