347.新生活が順調すぎて怖い(2)

「平和だな」


 食事を終えて、ヒジリを撫でながら欠伸をひとつ。ここ最近の生活があまりに普通すぎて、なんだか退屈な気もしてきた。あれか? これが戦場帰りがおかしくなる原因かも。


 新兵となった子達の訓練が優先された結果、早朝のオレへの攻撃は止まった。オレが攻撃を仕掛ける側に加わったんだけど、相手が弱過ぎて半分寝てても勝てる。卑怯なので、万能結界は自主的に使わないようにしてるけど。飛んでくる弾は魔力感知を使えば把握できるし、子ども達の位置も分かる。


 朝食を食べたら、今度はオレやジャック達の訓練だ。見学自由なので、いつも窓は見物人が鈴鳴りだった。こっそり混じってる騎士もいるようだけど、子ども達は上手に相手をしてるらしい。それなりに仲良くしてる。対立するより損はないので放置した。


 汗を流したら、昼食。これは簡単なもので済ませる。なぜなら、おやつの時間にリアの作ったスコーンやサンドパンを食べるからだ。それまで皇族の立ち振る舞いからダンス、礼儀作法の教養を詰め込まれる。担当教師はシフェルと、意外にもじいやだった。有名旅館のオーナーは伊達じゃない。


 リアとお茶を楽しんだら、執務のお勉強というか、手伝いだった。皇帝陛下であるリアが処理する書類は、驚くほど多い。他の皇族がいれば手分けできるところが、あの役に立たない叔父くらいしか生き残らなかったので、全部リアが片付けてきた。手伝いを申し出たところ、ウルスラにきっちり叩き込まれた。最近ではようやく、1割くらいの仕事を任せてもらえてる。


「叔父上はどうしている?」


 思い出したように尋ねられ、昨日見た姿を説明しておいた。というのも、魔法の実験にヴィヴィアンが雷を落としたのだ。生き返ったところで、どんな感じだったか尋ねる。答えが「覚えていない」や「説明できない」だった場合、もう一度試されるらしい。オレが顔を見せた時は、ちょうど落雷した直後だったので、悲鳴だけ聞いてきた。


 くすくす笑うリアだけど、いろいろ複雑なんだろうな。聞かれたら答えられるよう、少し笑える話を選んだのは正解だった。こないだシンが来た時は、新しい剣の試し斬りだった。血塗れですごかったな。その次はレイルで、多種多様な毒を飲ませて結果を一覧表にしていたけど。あれも怖い。


「どうした? 気分が悪いのか」


 心配そうに額に手を当ててくれる黒髪美少女に、オレは首を横に振った。


「なんでもない。ただ平和で幸せだなと思っただけ」


「セイ、大変言いづらいのだが」


 リアがすまなそうに書類を差し出した。目を通すと、孤児院の土地を接収する内容だ。何があった? 前のオレならここまで読んだ時点で、いきなり騒いだけど。報告書や指示書の書式を覚えた今は、落ち着いて続きに目を通せる。この世界の書類は、いきなり結論がくる。それから理由や対処方法が記されるのがルールだった。日本の裁判の判決みたいだ。


「お湯?」


「そうだ。大量らしい」


 孤児院の中庭から、突然お湯が湧き出したという。当初は量が少なかったのだが、徐々に増えていき、今では流すための排水路まで作られた。このお湯が肌にいいと噂になり、入浴施設に変更する案が出ている。裕福な商人が何人も経営に名乗りをあげ、現在審査中。


「孤児院は引っ越しか」


「商人達が金を出すように条件をつけている」


 湧き出したお湯はたぶん温泉だろう。そういや中庭を平らにした時、何か変な手応えがあったが……あれが温泉か。孤児院は街中の一等地に引っ越し、今の2倍の規模に拡張される。全然問題ないな。きっちり最後の条件まで確認してから、オレは署名して押印した。

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