307.北の国から王家御一行様(1)

「お供します」


 じいやが足を乗せたところで、転移してしまった。護衛の傭兵を誰も連れて来なかったが、まあ問題ないだろう。北の国の王城の前庭、いつもと同じ場所に出現した途端。飛んできたナイフを結界で弾いた。キンと甲高い金属音がして、銀の刃にヒビが入る。


「あーあ、もったいない」


 狙われた側の感想じゃないが、狙った側の言い分も酷かった。


「よし、油断してねえな」


「レイル。いきなりの攻撃はよくないぞ。もし結界がなかったらどうするんだ」


 赤毛の短髪をかき乱す義理の従兄弟は、肩を竦めて両手のひらを上に向けた。


「しょうがねえだろ、死ねよ」


「うちの親族関係は殺伐としてるなぁ」


 今のオレには似合いか? そう思った呟きだが、一斉に反論が入った。


「私はそんなことしないわ、可愛い弟だもの」


「私がキヨを傷つけるわけがあるまい」


「そうだ! そんな奴は国賊として処分してやる」


 ヴィオラもシンも過激だが、国王が一番過激な発言してるな。国賊って……一族郎党皆殺しレベルの扱いじゃないか。落ち着けと手で合図して、着飾った彼らの姿を眺める。


 ここは義理の家族との関係を深めるために、褒めの一手だろう。ここで重要なのが順番だ。


「ヴィオラ姉様。赤いドレスが似合うね。でも胸元が少し……その、目のやり場に困る」


 照れたフリをすると、笑顔で胸元をショールで覆った。そうそう、隠しておいてもらわないとリアムが拗ねる。真っ赤なチャイナドレスは、胸元にひし形の穴が空いてるタイプだった。足元も大きくスリットが入るが、内側に薄い桃色のスカートを履いているから、下品ではない。


 宝石類は琥珀を中心に、耳飾りや髪飾りが豪華だった。逆にドレスと重なる胸元はシンプルだ。


「私もなかなかだと思うが」


 自分で切り出してきたシンを上から下まで眺めて頷く。


「うん。シン兄様もカッコいい。今日は金色にしたんだね。宝石類が紫なのはなんで?」


「お前の瞳に合わせた」


 彼らを褒めるときは、多少の思惑が入るので口調を子供っぽくする。この方が喜んでくれるし、何か頼んだ時の効果が高い。にやりと口角を上げるオレを、煙草を咥えたレイルが鼻で笑った。なんだ、失礼な奴だな。


 金刺繍が大量に施された淡い紫の服だった。着物みたいに前合わせがあって……三国志の項羽っぽい格好。国王とレイルも同じタイプの服だった。どうやらこれが男性王族の正装らしい。漢服だっけ? 宝石類だけじゃなく、服の色まで紫に合わせるとは、ブラコンもここに極まれりか。


「父はどうだ?」


 どきどきしながら待つ国王陛下、義父なのだが……なんか年下の弟が褒めてもらう順番待ちみたいな態度だ。


「堂々とした感じでいいと思う。黒? 紺かな。赤い糸で刺繍なんて初めてみた」


 手を叩いて大袈裟に喜ぶと、シン相手にふふんと鼻を高くする。大人げない連中が騒ぐのを横目に、レイルは宰相と何か打ち合わせを終えた。


「よし、いくぞ」


「ここに乗って」


 レイルの合図で、足下に魔法陣を描く。ちょっと加工して、魔王召喚の内側にサタンの記号とか追加してみた。さらに禍々しさがアップした感じだ。これは密かにお気に入りだった。


 じいや? ずっと後ろに控えてくれてるよ。家族の会話を微笑ましそうに見てる姿は、一家のお爺ちゃんだな。


「婚約式へ向けて、ゴー!!」


 北の王家御一行様を纏めて転移し、芝の庭に着くなり……オレは盛大に吐いた。

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