275.パパって呼んでごらん(4)

 シンの部屋から出た一行は、ぞろぞろと歩き出す。先導する侍従の後ろにシン、ヒジリと並んでオレ、寄り添うように護衛のベルナルドとじいや。隠れるような位置にレイルだ。


 王宮内の視線は複雑な状況だった。遠巻きにする貴族の鋭い値踏みや、レイルへの批判めいた視線はもちろん……どこぞのお嬢さんの熱い視線はシン目当てか? 意外とベルナルドやじいやがモテたり。


 関係者全員に結界を張った後は、のんびりとシンの背中を追いながら人間観察だ。王宮と名の付く建物だから立派だし、豪華な調度品や絵画もある。オレは値段が分からないから、多分高いと思う程度だけど。時々意味不明なピカソもどきの絵画もあった。


 一際大きな扉の前に止まり、侍従が横に避ける。シンは堂々と扉の中央に立ち、後ろのオレ達に頷くと開けるよう命じた。こういうところを見ると、シンはやっぱり王子だよな。にわかのオレじゃ、ここまで雰囲気出ないもん。


 開いた扉の向こうは赤い絨毯ではなく、紺色の絨毯だった。しかも両脇が畳。つうか、これ毛氈の厚いやつ? 絨毯じゃなくて、神社仏閣に敷いてある布だ。靴を脱ぐのか迷うオレをよそに、シンはさっさと足を踏み入れた。


「え? 土足……」


「早くいけ」


 後ろが詰まってる。レイルの囁きに、慌てて毛氈っぽい布を踏みしめる。フェルトっぽい踏み心地に「やっぱ毛氈だな」と呟いた。後ろでじいやも複雑そうな表情で、踏み出す。日本人にしか分からない、この居心地の悪さ……。人の家に土足で上がる以上の背徳感があった。


 足音がしないし、畳も汚れない。というか、畳敷きの広間はすごかった。ここでダンスパーティーしたら、翌朝の掃除が最悪だな。謁見専用かもしれない。


「父上、ただいま戻りました」


「うむ……後ろの者を紹介してくれぬか」


 国王じゃなく、父親として待っていたみたいだ。気さくに声を掛ける国王陛下は、頭に王冠を乗せていなかった。私的な集まりなら、客間でも良かったと思うけど……この辺は文化の差や格式だの、あれこれ事情があるんだろう。


「キヨ、こちらへ」


 言われて横に並ぶ。少し視線を下げ、国王のたっぷり蓄えた髭を凝視した。あれだ、アラブの王様っぽい髭がもさっと顎から頬まで覆っている。


「我が弟にして第二王子、キヨヒトにございます。西の聖獣ヒジリ様、それから我が従兄弟レイル。キヨの護衛は中央の前ラスカートン侯爵家当主ベルナルド殿、執事のタカミヤ殿」


 それぞれが呼ばれるたびに会釈していく。勝手に上位者に挨拶しちゃいけないのは、すべての国共通だった。謁見マナーは共通の方が助かるよね。


「キヨヒトか、新たなる我が息子よ。近くへ」


 シンとは違う、ごつい髭のおっさんに「手の届くところへおいで」と要約できるお誘いを受け、オレは覚悟を決めて踏み出した。

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