18.裏切りか、策略か(20)

 セイが自分を守るために飛び出し、黒い沼に飲まれた姿は……当たり前なのに。酷く心が痛んだ。これがシフェルやクリスでも心は痛むが、まるで違った。家族を奪われたみたいな喪失感が胸に穴を開ける。時間が経つにつれ、その穴が大きく広がる気がした。


「宮殿の中にお戻りください、皇帝陛下」


 シフェルが長身を折って頭をさげる。俺を守る騎士である彼の立場故の言葉だ。皇帝たる存在が、狙われやすい屋外に立っている。それも護衛が少ない状況で……どれだけ危険か、シフェルは理解していた。なのに、夕方になって日が暮れるまで待って声をかけたのだ。


 気持ちが落ち着くのを待ったシフェルは、やはりセイを心配しているのだ。心配する俺の気持ちを共有するから、こうしてギリギリまで待ってくれた。いざとなれば自分の身を盾にして守る覚悟を決めている筈だ。


 その気遣いを無碍むげに出来るなら、ここに立っていたかった。飲み込まれたセイが出てくるまで、いや彼の消息が掴めるまででいい。あと少し……子供の我が侭を振り翳せたら。


 何も言わずに目を伏せた。シフェルは頭を下げたまま待ち続ける。目を開いて決意した。


「わかった、戻ろう」


「ありがとうございます」


「何か分かれば夜中でも構わぬ。必ず報告せよ」


「「「はっ」」」


 頭を下げて見送る一部の侍従は、魔法師のために灯りを用意する。シフェルを連れて歩き出すが、その足取りは重かった。未練がましく振り返ってしまいそうで、ぎゅっと拳を握る。


 宮殿内に入ったところで、シフェルが一歩足を進めて近づいた。


「キヨの行方を捜すため、レイルに依頼を出しました」


「返答は」


「二つ返事で了承されました」


 キヨがレイルのお気に入りだと報告は受けていた。だが、彼は仕事に私情を挟まないことで有名だ。ましてや報酬は高額で、内容も選り好みをする。


 これだけ悪条件が揃う情報屋なのに、仕事の依頼が引きも切らないのは、彼の情報収集能力や分別して分析する能力が優れているためだ。


 他の情報屋をいくつも経由して得られなかった情報が、レイルにかかれば数日で解決したなんて珍しくもない逸話だった。


 そんなレイルが二つ返事で受けたと聞き、リアムは僅かに頬を緩める。中央の国だけでなく、東西南北すべての国に情報網を張り巡らせる彼ならば、近くセイの情報を持ち帰るだろう。


「ジャック達はすぐに動けるように配置しています。出来る手を打って、後は悠然と構えて結果をお待ちください」


「じいやのような事を言う」


 片眉を持ち上げて、心外だと示しながらもシフェルは何も言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る