176.しんみりする事情と(2)

『私は……すみません。記憶が欠損しており、よく覚えていないのです。でも確かに前の契約者はいました。ドラゴンに喰われた時、記憶が飛んだみたいで』


 申し訳なさそうに俯くスノーの様子に、逆にこちらが謝る雰囲気になってきた。聖獣達は契約してから楽しそうだ。ブラウやコウコも前の契約者の記憶を大切にしている。


 なのに、忘れてしまったことを思い出させた自分の言葉が、ひどく悪いことに思えた。


「あの、オレこそ……ごめん」


『いえ、良いのです』


 チビドラゴンは甘える仕草で足にしがみつくが、いつものように肩に乗ろうとしない。その控えめな態度が、さらに同情を誘った。全員がうるっときたその時、ブラウが空気を読まない指摘をする。


『記憶が欠損したのに、どうして前の契約者がいたってわかるのさ』


 スノーの言い分はおかしい。そう矛盾をついた形の青猫は、ゆらゆらと身体を揺すりながら近づいた。これは獲物を見つけた時の、狩りに入る猫の仕草だ。


 前足を低くして、後ろ足を少し持ち上げる。ダッシュで飛びつくための準備をして、もじもじと後ろ足や尻を左右に振った。もちろん尻尾も大きくS字にくねらせて。


「そういや、変だな」


 言われてみれば、確かにおかしい。記憶が欠損して、前の主人がいたかどうか分からないと説明するならわかるが?


『……残ってたから』


「何が?」


 顔を足に押し付けて、だらりと尻尾を垂らした姿はなんだか哀れを誘う。しかしスノーが隠している事実を聞いておいた方がいい。後になれば絶対に聞けなくなるから。


『収納の中身、残ってるんだ』


『だと思った。おかしいもん』


 尻尾でぺしぺしと地面を叩きながら、ブラウがふんと鼻を鳴らす。我関せずのコウコが、赤い舌を覗かせながら口を挟んだ。


『何が残ってるの?』


 全員の視線が集中する。


『僕が知るのは、宝石と金塊ですね』


 マロンがさらりとバラした。すると無言を貫いていたヒジリが、耳の辺りをオレの腰に擦りながら告げ口する。


『我は、大量の火薬があると聞いた』


「……ひとまず、どうしてオレに収納物の話をしなかったのか。答えてくれる?」


 足にしがみつくチビドラゴンを引っぺがし、尻尾を掴んでぶら下げた。じたばた暴れるが、逃げられないと観念したスノーが脱力する。


『えっと……主様、怒らないですか?』


「呆れてるけどね」


『忘れてました』


 痛い沈黙が落ちた。

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