20.振り翳す、正義という名の我が侭(8)

 呼び方がいつの間にか「キヨくん」になっていた。名前教えたときは「キヨ様」で次は「キヨ」だった気がするが……もしかして、まだ皇帝だと思ってるとか? 捕まってる間だけの自称代理なんだけど。


 騎士や傭兵がいるから気を使ったのかも知れない。


「出てきて」


 がさがさ茂みが揺れて、ぴょこんと茶色い頭が飛び出した。続いて、明るいオレンジ色の髪が一緒に這い出してくる。咄嗟に剣を抜いた騎士は、しかし剣先を向けずに困惑顔だった。


 彼らの予想はもっと大人の亡命者だったと思う。それがまだ若い20歳前後の青年と、さらに幼い少女が顔を見せたので、対応に困っている。


 木漏れ日が当たると、少女のオレンジの髪は燃える炎のように見えた。


「ノア、下ろして」


「ダメだ」


 なぜ即答される?


「下ろしてぇ!!」


「危険だろう」


「危険じゃないから!」


 子供のやり取りに騎士が苦笑いする頃、呆れ顔のジャックが抱き下ろしてくれた。ノアは不満そうな顔をしているが、その過保護さはオカンの証なのでしかたない。


「キヨくんて、箱入りなんだね」


 驚いた顔でこちらを見るユハは、感心したような声を出す。抗議しようにも今の姿をみたら、反論しても効果はない。溜め息ひとつで切り替えたが、ふとユハと一緒の少女の視線に気付いた。凝視してくる少女がぽつりと呟く。


「赤い瞳だわ」


 ざわっと周囲の空気の色が変わった。意味を知っているのか、知らないのか。彼女の意図はわからないが、赤瞳を持つのは上位の竜のみだと習った。もし彼女がきちんとした教育を受けていれば、オレが希少な上位の竜だと気付いた可能性がある。


「綺麗ね、宝石みたい」


 無邪気に笑う姿に、騎士たちが柄にかけた手を外した。


 彼女は単純に赤い色が気に入って声に出しただけらしい。庶民ならば教育を受けた可能性は低く、自分に直接関係ない種族の話や魔力量など知らないのが普通だった。


「よかった、合流できて。これで帰れる」


 ほっとしてジャックに声をかければ、地面に敷いたシートの上に下ろしながら彼は笑う。無事にオレを確保したし、任務も完了だ。きっと安心したんだと思う。そう考えると正義感から我が侭を振り翳した行為が、申し訳なくなった。同じ場面で同じことするから、謝る気はないけどな。


「魔法陣を用意して頂戴」


 クリスの指示で、巻物が広げられていく。大きめの絨毯状の魔法陣に、騎士数人が乗った。


「最初に転移しますので、すぐに続いてください」


「くれぐれも、余計なことはしないでくださいね」


 一緒に訓練に明け暮れた騎士達は顔なじみだけに容赦がない。ユハ達を探すために我が侭をした前例もあるし、興味半分で支部を吹き飛ばした経歴もあるので、きっちり釘を刺された。


「大丈夫、もう帰るから」

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