229.なあ、おい、知ってるか?(4)
『主殿の魔力が乱れておった』
目眩の原因はそれでいいとして、乱れた原因が不明だという。ヒジリは苛立った様子で尻尾をぺしぺしと床に叩きつけ、牙を見せて唸る。皺の寄った鼻先に手を伸ばし、よしよしと撫でた。
「噛まれそうだと思わないのか?」
興味深いと尋ねるレイルを振り返り、オレは少し考えて答える。
「噛まれるのはいつもだけど」
「ああ、そうだった」
苦笑いされて終わった。そう、魔力の補充だか信頼度のアップだか知らんけど、よく噛まれてるから今さらなのだ。牙が刺さる感触も、痛みも、その後の治癒の温かさも知ってるから気にしない。まあ、痛いのは嫌いだけどね。
「……キヨヒト様、我が抱き上げて移動しますぞ」
「ありがとう、だが断る」
『僕が乗せます』
マロンの立候補に、にっこり笑って条件を付け加えた。
「外に出たら頼む」
屋内で馬に乗るほど、異世界人は非常識じゃないぞ。うっかり頷いたら、屋内でも乗せようとする気がした。この忠誠心はある意味危険だ。
「煙草すいてぇ」
「お前も外に出たらな」
レイルのぼやきに肩をすくめると、先に外で待ってると踵を返された。顎を乗せたヒジリを撫でて機嫌をとり、オレも立ち上がる。気持ち悪さは消えていて、不本意なベロチューだったが治癒に感謝した。
「ところで、あそこにいるお嬢さんはどちら様?」
黙って様子を見ていたアーサー爺さんに、庭へ続くテラスのガラス扉に張り付いた御令嬢を指さす。人を指さしちゃいけないんだが、あまりにもベタっと張り付いてるから。突き出した人差し指を、ジャックが握って降ろさせた。
「こら、キヨ。人を指さしたら……セシ、リア?」
「なんじゃと!?」
動かなかったアーサー爺さんが慌てて立ち上がり、テラスの扉を開いた。剣幕に驚いたお嬢さんが数歩後ずさる。
「っ、なぜこの部屋に。近づいてはならんとあれほど!」
「だって、お兄様……でしょう?」
震える声でジャックを見つめる御令嬢は、水色の髪に青い瞳だった。まるで人形のように整った顔立ちで、ジャックに似ていない。ああ、そういえば義母の連れ子だって聞いた。
納得する反面、彼女のたどった運命を思い出して目を逸らした。双子って共感するって聞いたことがある。感情をある程度共有できて、痛みや喜びを分かち合うんだってさ。科学的に証明されてないらしいけど、テレパシーみたいなものかなと思ってた。
よくアニメやラノベでも使われる設定だ。でもこの子はその共感を実際に体感してしまった。双子の弟がされた行為を、その恐怖と苦しみをどこまで知ったんだろう。同情するのは失礼だ。でもこんな細いお嬢さんが、狂わずに済んだのは奇跡だった。
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