207.もっと気楽に行こうぜ(2)

 ラスカートン前侯爵ベルナルド。立派なお名前の元騎士は反射的に受け取る。鍋の底を示して、かき回すように頼んだ。


「底に溜まってる何かを混ぜて」


「はぁ、承知しました」


 元騎士の筋肉が唸る。頑張れ、お爺ちゃん! 底からこそげ取ってくれ。願いながら応援していると、突然泡が浮いてきて、巨大な塊が浮かんできた。


 底に沈んだ小麦粉が取れたのだ。杓文字を止めてもらい、取り出した小さめのスプーンで突つく。表面はシチューによく似ていた。どろりとした何かが弾けて、ぶわっと……うん、ただの小麦粉だ。疑う余地もない小麦粉がそのまま。表面だけ濡れると小麦粉って固まるんだな……。


 小麦粉を拡散するかき回しが終わってから、話し合いに入るべきだった。あの僅かな時間で、小麦粉は大変なことに……祖母が作ったすいとんを思い出す。だがあれは練った小麦粉だったはず。明らかに形状も食感も違うだろう。


「参ったな。混ぜる方法か」


 うーんと唸り、試しにブラウがよく使う風で回してみることにした。小麦粉の塊を空き皿に回収し、混じった分をかき回すのだ。べちょっと皿に伸びる小麦粉に、周囲から「失敗か」と残念そうな声が上がった。


 まあ確定じゃないけどね。小麦粉を取り除いたことで水位の下がった鍋を、風で拡散したら……熱い飛沫が散った。慌てて結界で防ぎ、次の策を考える。


「風だと散る……うぬぅ」


 やっぱり杓文字しかないのか? そう悩むオレの肩に飛び乗るスノーが、鍋を覗いて提案した。


「あの……水流を作ったらどうでしょう」


「水流」


「渦のがわかりやすいですか? こういうの」


 言いながら、スノーが鍋に渦を作り出す。綺麗に中央が窪み、すごい勢いで攪拌された。そうか、鍋の中身は汁物なんだから……風魔法じゃなくて水魔法の領域なんだ。


 感心しながら見つめる間に、攪拌は終わったらしい。スノーを抱き寄せ、小さな頭を撫でてやる。


「すごいぞ、スノー。ちゃんと混ざったかな」


 お玉を取り出して、掬ってみる。傾けるとどろっとした液体だった。間違いない、オレが求めたシチューっぽい。半分ほどに減らしたお玉を口に近づけ、熱そうなのでふーっと冷まして飲んだ。


「これだ!」


 牛乳とバター、間違って入った小麦粉! そういえば、市販のルーは白かった。きっと材料的に合ってるんだ。にやにやしながら鍋を見つめる。向かいにいる連中には、さぞかし不気味だろう。


「出来たのか? ボス、運ぶぞ」


 ジークムンドが慣れた手つきで鍋を移動させ、ノアが新しいお玉を入れて器に盛る。その姿に違和感を覚えた。どろどろした白い汁物がお椀に入り……具がない、だと?!

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