17.教育は情熱だ!!(12)

「母を暗殺したのは父だ。その父を討った兄が跡を継いだのだが、2年前に毒殺された」


 言葉もなくリアムの顔を見つめる。平然と言われた僅かな言葉は、逆に深い痛みを伝えてきた。母を殺した父――なにそれ、状況が理解できない。庶民の家に生まれたオレには皇族のしがらみとか悩みはわからないけど、いずれ殺す相手と結婚したのか? その女性との間に子供まで作ったのに?


 しかも血の繋がる父を殺さざるを得なかったお兄さんの立場も、正直理解の外だ。求められる立場はわかるけど、どんな気持ちだっただろう。


 自分に置き換えたら、とても出来ない。母を父が殺したのを目の前で見ても、オレに父を殺せるだろうか。今のオレなら殺せるか? でも。リアムを狙った貴族の首を切ったみたいに、父親を刺せるわけない。


 覚悟が出来ないのだ。築いてきた過去の思い出や記憶を共有する、自分を生み育てた相手を世界から削除する覚悟が持てない。


 たとえるなら、出会ったばかりの頃にレイルを後ろから撃てたか? と尋ねられたら頷いた。だが教官として情報収集や取捨択一の方法を親身に教えてくれた彼を今、殺せと命じられたら首を横に振る。そういうことだ。


 目の前のリアムの蒼い瞳は乾いていた。感情に揺れることも、滲んだ想いが瞳を潤ませることもない。過去と割り切ったのだとしたら、とても哀しいことだ。


「リアム…」


 本人が悲しんでいないのに、同情なんて失礼な行為はダメだ。ぎゅっと拳を握って、ひとつ深呼吸した。後ろで丸くなった竜の背に再び寄りかかる。思わぬ話に身を乗り出していたことに気付いた。


「兄が毒殺されたので、皆が毒見役についてうるさい」


 伏せた瞼の先で、長い睫毛が瞳に影を作る。リアムに対してシフェルがやたら過保護だった理由も、周囲の貴族がぴりぴりする状況も、あの愚かな自作自演野郎を即時処断した背景も、すべては殺伐とした過去が原因だったのだ。


 いくら皇帝がすべての権限を持っていても、疑惑段階の貴族をいきなり切り捨てる判断はしないと思う。オレが知るファンタジーで独裁国家が出てきても、周囲が納得しない展開だった。なのに近衛である親衛隊はもちろん、他の貴族から非難の声は上がらない。これが答えだった。

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