332.舞い込む情報、解読できないオレ(2)

 呆れ顔のじいやが溜め息を吐く。


「今後の情報伝達のために、読み方をお教えしなくてはなりませんか」


「普通に日本語で書いてくれたらいいじゃん。どうせこの世界の人は読めないんだから」


「普通に書いております」


 じいやの普通は、オレの非常識だった。汚い文字という意味で「ミミズがのたくったような」と表現することはある。だが、現代人に古典の原書を読め、は無理があるぞ。


「じいや、書道の段持ち?」


「誇るほどではございません」


 なるほど。一段どころじゃない、もっと達人の域か。今回は特別ですと前置きされ、内容を口頭で教えてもらった。


「日本人会の中で唯一、異世界人がいるよと示す椿旅館に連絡を取ってきた若者がいた。その片方は黒い眼帯、もう片方は前髪で顔が見えなかった……ビンゴだ」


 間違いなく今回探してる奴だ。シフェル達を攻撃した理由を探らなきゃいけないし。今後のことを考えたら、排除するか抱き込むか決めないと。


「じいやなら敵と味方、どちらに仕分ける?」


 現時点で敵か味方か問うのではなく、今後どちらに分類する方が安全か。その意見を聞きたかった。最終的な決断はオレがするから、責任はオレが背負う。参考までに、じいやが仕分ける答えを聞きたかった。


「どんなに誠意を尽くしても、心の通じない相手はいるものです」


 遠回しだが、敵か。オレと同じ結論だな。ベルナルドが唸るように「あれは敵ですぞ」と警告する。実際に対決してないから実力は分からないが、リアに攻撃を向けたのはアウトだ。そもそも異世界にきて己の立ち位置も決まらぬうちに、見境なく権力者に攻撃するのは危険人物に仕分けて問題ないだろう。


「うん、処分の方向で」


「よろしいのですか?」


 試すようなじいやに、オレは無邪気さを装って笑う。


「何が悪いの? リアに攻撃するってことは、オレの敵だよ。異世界に来て、先にチート奪われたって騒ぐような奴は処分対象じゃん。早いうちに叩くよ」


『僕もぉ、あれは壊してもいい玩具だと思う』


 のそっと青猫が足元から這い出てくる。言葉が軽いわりに、動きが鈍かった。途中で動かなくなったブラウを掴むと、ぬるりと背中が濡れていた。


「ブラウ?」


『主殿、敵は聖獣に攻撃を仕掛ける愚か者ですぞ』


 ヒジリは牙を剥いて不快だと示した後、乱暴に転がした青猫の背中を治し始めた。ぺろぺろと舐めて癒す姿は、あれだ。青猫を捕食する黒豹……食物連鎖の図みたい。


『仲間を傷つける奴は、僕、嫌いです』


 唇を尖らせたマロンがくしゃりと顔を歪める。泣き出す直前の子どもみたいだ。咄嗟に抱き寄せて、ぽんぽんと背中を叩いた。顔を埋めたマロンが鼻を啜る。ようやく聖獣達と馴染んできたマロンにとって、大切な存在を傷付ける者は敵なのだろう。


 聖獣自身がこの世界の神という秘密と照らしても、神を攻撃する異世界人は駆除対象だ。


「よし、駆除するぞ」


 処分という表現が一転、さらに物騒な響きに変わる。そのくらい心境の変化は大きかった。お調子者だが、ブラウの実力は本物だ。逃げるより回り込んで足元を掬うタイプの青猫が、背中を切られた。つまり戦う意思がない状態で、後ろから攻撃された証拠だ。


「お手伝いさせてくだされ、我が君」


「うん。それじゃお願いしようかな。シフェルやクリスティーン達を連れて、リアの警護。死ななきゃ治してやるから、遠慮なく盾になってくれ」


「……はぁ。そうではなく、我が君の背をお守りしたく」


「オレの背中はリアだよ」


 言い切ったオレの目を見つめた後、ベルナルドはそれ以上余計な発言をしなかった。敬礼し、さらにじいやにも頭を下げる。


「聖獣大集合で戦うのは卑怯だろうか」


「キヨ様、戦いに卑怯はございません」


 勝てば官軍――いいこと言うね、じいや。

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