336.逃した獲物は小さかった(2)
『あたくし、もう怖いのは嫌よ。男は闘いばかりで、嫌になっちゃう』
コウコはご機嫌斜めで、ぱしんと尻尾で大地を叩いた。巨大な龍の姿から、するすると小さくなっていく。首ではなくベルト位置に巻き付いた。コウコを撫でて腰の理由を尋ねると、予想外の答えが返ってきた。
『だって、リアが嫌がるんですもの』
首を傾げて話を聞けば、リアがコウコに「顔の近くは避けて欲しい」と口にしたそうだ。その理由が、間違えてキスしたら困るというから……可愛すぎる。
聖獣達と戯れている間に、シフェルには通信が入っていた。レイルとオレが使うピアスタイプではなく、ブローチらしい。騎士服に大量に着いている装飾品、もしかして半分は通信や武器の類か?
「キヨ、終わったら戻りましょう。皇帝陛下がお呼びです」
「え? リアが?! それは速攻帰る。悪いけど片付けたら各々帰ってきて」
聖獣達は尻尾を振ったり、鳴いたりと返事をよこしたので、駆け寄ったシフェルの腕を掴んで飛ぶ。転移は事前の準備が必要、という彼の基礎知識をひっくり返して空間移動した。
「ぅ、っ……気持ち悪い」
呻くシフェルを中庭に残す。以前、凱旋祝いで傭兵がバーベキューをして以降、整地されたままになってる。平らな地面を蹴って走り、宮殿内に入るとセバスさんがいた。そわそわしている彼に声をかける。
「セバスさん、リアはお部屋にいる?」
「ああ、お待ちしておりました。キヨ様、お急ぎください!!」
理由も知らされぬまま、ぐいぐいと背中を押された。勢いを利用して階段を上ると、近衛騎士がココココンと妙なノックをする。途端に、内側から侍女が扉を開いて……挨拶する間もなくオレは部屋の内側へ引き込まれた。
「え? 何……この状況」
驚いた高い声から、徐々に低く威嚇する響きに変わる。ドレス姿のリアは俯いており、向かいに足を組んだ失礼なおっさんが腰掛けていた。なんだかリアが叱られてるか、脅されてるように見えるんだけど?
「この失礼なガキはなんだ。挨拶すらできないのか」
「これはこれは。まさか下位の者からこのような扱いを受けるとは思いませんでした」
嫌味で切り返す。まだ気持ちが落ち着いてないから、売られた喧嘩は倍額で高価買取中だぞ。ついでに言うなら、今この部屋で一番偉いのはリア、続いてオレだから。
リアの専属執事セバスさんは廊下に残ったらしい。何か裏がありそうだ。ちらりと目配せした壁際で、侍女達の傍に立つじいやは、小さく会釈を寄越した。ふーん、事情を把握してるみたいだね。
「リア、隣に腰掛けても?」
「もちろんだ」
少し青ざめていたリアの頬に手を滑らせ、微笑んで安心させてから腰掛ける。
「セイ、目が赤いぞ」
「ああ、うん。魔力が昂り過ぎて戻らないんだよ。せっかくリアにオレの瞳の色と合わせた青紫の魔石を贈ったのに……」
「貴様が間男か!」
口説きに入った途端、余計な口を開いたおっさんを睨みつける。食べ過ぎて膨らんだ腹はボタンが吹き飛びそうだし、やや薄くなった頭は頭頂部が光り始めていた。脂ぎった外見なんざどうでもいい。
「あんた、無礼にも程があるぞ」
唸るように吐き捨て、小さく魔法を使う。
「態度が悪い」
パチンと指を鳴らせば、ブラウが飛び出て一回転しておっさんの顔を蹴飛ばした。え? もう帰ってきたのか。驚いたけど、計画通りって顔でにやりと笑う。
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