336.逃した獲物は小さかった(1)

 怒りの発散が済んでいないのに、獲物を目の前で奪われてしまった。落下した先で、くるっと一回転して地面に向けて風を打ち出す。いつもと違って、本当に落下してた。


 オレが気弱で気絶したら、落下の衝撃で死ぬからな? 注意してくれないと。ぶつぶつ文句を言いながら、逆噴射した風を利用して落下速度を緩めた。見えている地面に対し、受け身を取ろうと体を丸める。空中で止まるのは難しそうなので、地面を転がる方が確実だった。


 どうも急停止のイメージが、転生前に観たテレビの再現ドラマと重なる。あれは飛行機事故で、ベルトによって腰で切断された死体が、自分の上に落ちて痛い思いをした話だった。グロいだけじゃなく、非常に危険なイメージだ。魔法を使ったら、オレが腰から真っ二つに切れる気がしてならない。


 具体的なイメージがオレの魔法の根幹なので、試す勇気はなかった。真っ二つになったオレ、絶対に痛いし苦しいよな? そこをヒジリが咀嚼して治してくれるんだぞ。死ぬわ。どうみても肉食獣の食事風景じゃん。


 腕を突くと脱臼するから、軽く指先が触れる位置で頭を抱えて衝撃を受ける。猫のように丸まって勢いを流し、数回転がって止まった。大の字に広げた手足が揃ってるか確認し、動くか確かめる。首の角度はおかしくないし、呼吸も問題なし。


「助かったぁ」


 安堵の息を吐いた。近寄ったシフェルは銃口をオレに向けたままだ。


「……キヨ、まだ瞳が赤いですよ」


「でも気が抜けた。多分もう落ち着くと思う」


 赤瞳の竜は希少で厄介だが、風船に近い。膨らんで破裂すると大事件だが、今回のように途中で空気が抜けてしまうと爆発しないのだ。顔を覗き込んだヒジリが、べろんと頬を舐めた。


『主殿、何をやらかした?』


「何もないけど」


『ふむ……瞳の色が戻らぬぞ』


「え?」


 今まではオレの高揚した気分が落ち着くと、自然と紫色に戻っていた。青紫の瞳が、赤いまま? 戻らないとしたら……。


「戻らなかったら、どうしよう。シフェル」


 身を起こして座ったオレに目線を合わせて膝を突いた騎士に、距離を詰める。真剣な眼差し同士が絡んだ。


「色が合わなくなるじゃん」


 リアにプレゼントしたピアスは、オレの瞳の色から青紫を選んだ。なのに、赤になったら紅石に変更しなくちゃ。でもレイルと色が被る! くそっ、どうしたらいい?


 がくりと肩を落としたシフェルが、大きくそれは大きく息を吐き出す。全身の力が抜け出るほどの溜め息だった。


「真剣に聞いて損しました。帰りますよ」


 見回すが、厨二前髪野郎もいない。そういや、この状況はカミサマ介入の結果だけど、当事者以外からどう見えていたのか。


「なあ、オレ達の戦いってどこまで見てた?」


「あなたが怒り狂って攻撃した直後、何かが爆発しました。力同士がぶつかった衝撃でしょうね。強い光と風が収まった直後、キヨだけが降ってきました。勝ったのでしょう?」


「ああ、うん。負けなかったのは事実」


 勝ったのは違う。それじゃ嘘になる。迷った末、ギリギリの真実を口にした。先に立ち上がったシフェルの手を借りて起き、服に着いた埃や砂を払う。一面焼け野原だった。


 砂漠のようになった風景が気になり、聖獣達に声をかける。


「元通りになる?」


『致し方あるまい、主殿の不始末は我が片付けてやろう』


 ヒジリはにやりと笑い、砂になった大地を掘り起こした。下の地盤を起こして混ぜる方法で、土を蘇らせる。


『私はできる聖獣ですから』


 きりっと宣言し、スノーが水を降らせた。しとしとと降るのではなく、霧状にして大地へ染み込ませる。その脇でブラウが風で種を運んだ。コウコが軽く炙ると、ぽんと発芽して大地に根付く。


『僕は尻尾の恨みを忘れてないから!!』


「オレじゃねえ」


 二本足で立ってパンチを繰り出すブラウを、笑いながらかわす。いくつか受け止めてやった。

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