335.余計な一言が命取り(2)

 銀に近い淡い金髪がゆらりと持ち上がる。髪を縛る紐が切れた。オレの理性の緒さながら、千切れて魔力に消しとばされる。


「今、なんて? オレのリアに手を出すって言った?」


『僕らはいいの?』


 小声で茶化すブラウは無視だ。聖獣は奪われても奪い返す。でもリアは最初から奪わせる選択肢がないんだよ。じわじわと熱が上がっていくのがわかった。手足の先まで血液と一緒に魔力が巡るのが伝わる。紫のはずの瞳は、きっと赤みを帯びているだろう。


「キヨ、落ち着きなさい」


「あん? 倒してからでいいだろ」


 まだ理性が完全に飛んだわけじゃない。シフェルの忠告に答える余裕があった。ただ苛立ちと怒りが頭を満たし、腹が立ちすぎてムカつく。


 リアが歩んできた道を知らないから好きに言える。ただの可愛い女の子じゃない。リアが女の子として過ごすためにしてきた苦労も、オレが必死に戦ったこの世界での生活も、この野郎はただ羨ましいって一言で貶した。


 向こうは事情を知らない? そんなの、オレの知ったことか。向こうだって何も知らないくせに、まるで戦利品のようにリアを扱った。いきなり戦場に落とされ、必死で生き残り、銃弾を受けて転げ回ったこともある。首を絞められ死にかけたり、誘拐されて崖から落ちたり……それをアイツは一言で片付けたんだ。


 ゲームじゃないぞ。この世界で生きてきたんだ。異世界から来たチートはあるさ、でも動いて掴んだのはオレだ。後から来たってだけで、奪えると思うなよ!


 呪文なんて要らない。厨二な言葉遊びも意味をなさない。赤瞳の竜が望めば、それが答えだった。


「オレは苦労せず、楽をしてチート生活をしてきたわけじゃない。何も知らないくせに、成果だけ奪うって? オレの大切な恋人も?」


 何やら喚いて言い訳じみたことを口にしてるが、血が上った頭は理解しないし、耳は聞こえない。ぐわんぐわんと音が反響するだけだ。ヒジリの指揮で、聖獣全員が距離を置いた。正解だ、巻き添えにしない自信はなかった。


「そんなに異世界が好きなら、飛ばしてやるよ」


 血が沸き立つ。なんでも出来る。高まりすぎた魔力が可視化されて、ゆらゆらと空気を焼いていた。近寄ろうとして吹き飛ばされたシフェルを横目に、一応結界で保護しておく。死なせると後が面倒だ。


 指先でトップを指差し、下へ叩き落とす。指先の仕草だけで簡単に重力を操った。これはヒジリの持つ力の一端だ。風も氷も悪くないが、オレの性格的に一番合うんだよな。


 手のひらを上に向けると炎が燃え盛る。核も燃料もなしに燃える炎を、地上を転げ回るトップに向ける。命じることもなく、視線で促すだけで足りた。


「ぐぁあああ!」


 叫ぶ声に口角が持ち上がった。なんでも出来る万能感と、圧倒的な力に酔う。力とは存在するだけで人を高揚させる。このまま燃やすか? いや、切り刻んでもいい。溶けない氷の柱に飾ってやろうか。


『そこまでだよ』


 真っ白な空間で、オレは舌打ちした。またか。カミサマと名乗る元の世界の万能者だ。何度オレの邪魔をすれば気が済む? 


『ごめんねぇ、あの子は間違えちゃったんだよ。責任持って僕が回収するから落ち着いて』


「嫌だ」


『もう一人の、自称タクヤ君もセットで処理するからさ。君とこんなに相性悪いと思わなかったんだよね』


 少年姿でこてりと首を傾げ、あざとい所作で媚びるような言葉を使う。この世界の管理者に頼まれて送り込んだ人間同士が、こうして衝突することは稀にあるらしい。言い訳をしながら、火だるまになったトップを水で包んだ。パチンと指を鳴らすと消えてしまう。もうひとつ指を鳴らし、カミサマは笑った。


『もうこの世界に邪魔者はいない。残りを楽しんでよ』


「待て!」


 好き勝手に振る舞った挙句、そのまま帰る気か!? 慌てて手を伸ばすが遅かった。オレはまた世界に向けて落ちていく。だから、落下は嫌いだって言っただろ!!







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【虐待された幼子は魔皇帝の契約者となり溺愛される】

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